奏 〜Fantasia for piano〜

管理人が本を閉じると、映像も消えた。

半信半疑の私に彼は言う。


「幼いあなたは、ご両親に捨てられたという想いを切り離し、この世界のお客様としてお部屋をご使用になっておいででした。

しかし、それはほんの数日だけです。
幼いあなたの心は、すぐに自ら扉を開けて、元の世界にお戻りになりました」


そっか……。

確かに捨てられたという絶望を味わったけど、すぐに笑顔を取り戻した。

それは、奏がそばにいてくれたから。


初めて会った日から毎日、奏の家に通った私。

迷子になったときは、遠回りして時間をかけて森を抜けてきたけど、最短距離で行くと、おばあちゃんの家から十分もかからない、近所だったと後から知った。


奏のピアノを毎日聴いて、心が慰められ、次第に楽しく明るい気持ちになった記憶がある。

それに伴い、捨てられたという悲しみが薄れて消えて、お父さんの言葉を信じられるようになっていた。

お母さんの体調が悪いから、今は迎えに行けないという言葉を。


もう泣くことはなかった。

奏と遊ぶ日々が楽しくて、あっという間に日にちが経った。

夏休みが終わって幼稚園が始まる頃、やっと迎えにきたお父さんに対して、『もっとおばあちゃんの家にいたい』と、ワガママを言ってしまうほどに……。


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