奏 〜Fantasia for piano〜
扉から目を離し、隣を見る。
分からないことだらけで、管理人に説明してもらおうと思ったからだ。
しかし、管理人の姿は忽然と消えていて、ただ白い景色が続いているだけ。
置いて行かれた⁉︎
ひとっ飛びでやって来たこの通路を、歩いて戻れというの?
そのとき、上の方から「お姉ちゃん」と私を呼ぶ妹の声が聞こえた気がした。
見上げたら、天井の丸窓から淡く射し込んでいる光が急に明るさを増し、眩しくて目を瞑った。
「お姉ちゃん、起きなさいってば!」
今度はハッキリと亜美の声を近くに聞いて、ハッとして目を開ける。
すると、いつもの自分部屋のベッドに寝ているだけだった。
夢……?
それにしては随分と輪郭が確かな夢で、実際に体験したかのような感覚が残っているのだけど……。
カーテンは亜美によって開けられていた。
水色の空が見え、眩しい朝日が射し込んでいる。
パジャマ姿の亜美は、頬を膨らませて文句を言う。
「お姉ちゃんの目覚ましがうるさくて、私まで起きちゃったじゃない。後三十分は寝てられたのに、もう」
「ごめん」と謝ると、亜美は出て行った。
起きなくてはとベッドに身を起こし、手の中の鍵に気づく。
そうだ……昨夜は、この鍵を握ってベッドに入ったんだ。
だから、あんな、おかしな夢を見たのかな。
夢の中では光を放っていたのに、今は鈍い金色のいつもの真鍮の鍵。
それを机の引き出しの宝箱に戻した私は、朝の支度を始める。
夢の中で聴いた、奏のピアノの余韻に浸りながら……。