ロストマーブルズ
第一章 ころがったビー玉

「ジョーイ、リラックスするのよ。初めてじゃないんだから、そろそろ私に慣れてきてもいい頃じゃないの」

 早川真須美は、やわらかな甘いフローラルの香りを微かに匂わせて、簡易ベッドに仰向けに寝ている桐生ジョーイを上から眺め、微笑する。

 後ろで束ねていた髪のゴムをすっーと外して、首を左右に振ると、仄かな甘美の香りと共に、つややかな黒髪が、シルクのカーテンのように広がった。

 誘うような怪しげな目つきで、胸を持ち上げるように腕を組むと、襟ぐりから露出している谷間が一層強調された。

 桐生ジョーイは慌てることもなく無表情にそれを眺め、ため息を一つ漏らして視線を逸らした。

「先生、俺をからかっているんですか」

「あっ、やっぱり色仕掛けもだめか」

 早川真須美はがっかりとした表情を浮かべて後ろに下がると、デスク前の白い革張りの椅子に、どしっと腰掛けた。

 春の暖かい日差しが窓から入り込んでいる。

 光は部屋の白い壁に反射し、明るさはさらに強められ、清潔感溢れる空間を生み出していた。
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