机上の言の葉
 朝食を終えて公園を出て、バスで駅まで向かい、また公園にやって来た。

 先ほどの公園と違い、とても広く子供たちがちらほらと遊具で遊んでいる。

 いくつもあるベンチの一角を陣取って高校生くらいの子が話をしていて、別の場所には犬の散歩をしている人もいる。

 高校生が話しているところからだいぶ離れたベンチに座り、音無さんに尋ねた。

「この公園がどうしたの?」

 答えの代わりに音無さんが指差したのは、一台のトラック。派手に装飾されたトラックの荷台部分に人だかりが出来ている。

 どうやらアイスを売っているらしい、実際に公園にいるのを見るのは初めてかもしれない。

『バニラが良い』 一方的に音無さんがお金を渡すけれど、僕が買いに行くしかない事も、僕の為に音無さんが此処に連れてきたことも分かるので黙って買いに行く。

 初めての店で緊張しつつも、聞き間違えられないようにはっきり注文して、目的のものを手に入れてから音無さんの所に戻った。

 コーンの上に、半球状にアイスが盛られたもので、シンプルなものをと自分用にはチョコレートを買って来た。

 軽く頭を下げてバニラのアイスを受け取った音無さんの隣に座って、一口食べる。

 気温も上がって来た今、冷たいアイスは美味しいけれど、ちょっと高めだと感じた値段相応の味かと訊かれたら首を傾げたくなる。外で買ったのだからこんなものかと納得して、食べ進めていたら、音無さんが、僕が食べているアイスを見ている事に気が付いた。

 冗談半分に「食べる?」と差し出したら、躊躇うことなく音無さんがチョコアイスをかじる。あまりにも自然でそのまま流してしまいそうだったのだけれど、友達だと普通のやり取りなのだろうか?

 当然のようにバニラアイスが目の前に差し出されるので、こちらの考え過ぎだと意識しないことを意識して一口食べる。

 内心緊張していたせいもあってか、甘い以外の感想はわかなかったけれど「美味しい」と応えた。

 二人ともアイスを食べ終わり、両手が空いた音無さんが携帯を弄り始める。

『カズトが言っていた買い食いとは違うとは思うけど、こんな感じだよね?』

「うん。でも、公園でアイス売っている場所が、実際にあるとは思わなかった」

『わたしも、なかなか見つからなくて困ったよ』

「ありがとう」

 音無さんの厚意が嬉しくてお礼を言うと、音無さんは照れたように頬を赤くして『まだまだこれからだよ』と笑った。



     *



 公園でアイスを食べた後は、用もないのにデパートに行ったり、川辺に行って土手を歩いたり、いきなり白線から出たら負けだと勝負を持ちかけて来たり、朝から田んぼに行ったのが遠い昔のように感じるようになってきた時には、太陽が西に傾いていた。

 濃い一日の最後に、また僕の家の近くに戻ってきている。

「ありがとう音無さん。今日は楽しかった」

『いえいえ、わたしも楽しかったよ』

 楽しかった分疲れてもいるけれど、音無さんも同じ気持ちだったようで安心した。

 僕の言葉に足を止めていた音無さんが、すぐに歩き始めると思っていたのだけれど、手元に戻した携帯をまた操作している。

 少しして、音無さんが歩行を再開したのを見て、ついて行く。

 何か言いたいことがあるのかなと思ったのだけれど、メールでも送っていたのだろう。

 たまに通る道からほぼ毎日通る道に入ったところで、音無さんがくるっとこちらを向いて動きを止めた。

『今日は色々な所に行って、カズトも楽しんでくれたと思うんだ。これでも、頑張ってカズトが好きそうな場所を探してきたからね。

 じゃあ、この景色はどう?』

 あらかじめ書いていたのか、すぐに携帯を渡した音無さんは、読み終わり顔を上げた僕に見慣れた景色を見るように促す。

 何も返さない僕を想定したのか、音無さんは携帯の画面を切り替えた。

『この道だって、誰かの通学路になっているはずで、数えきれない学生たちがこの道を使って家に帰っていたはずなんだよ。

 中には夕飯を楽しみにしていた人もいるだろうし、早く帰ってテレビを見たいと思っていた人もいると思う。友達とふざけ合っていた人も、好きな人と手を繋いで帰って来た人もいるかもしれない。

 この景色を見て、カズトはどう思う?』

 音無さんが後ろで手を組んで二歩三歩足を進め、顔だけこちらに振り返る。

 焼けるような西日に照らされた音無さんが何かを言ったのだけれど、音のない声は僕の元には届かなかった。でも、残された微笑みが教えてくれる。

 毎日通る道も、見方を変えるだけでドラマの一シーンと変わらない。懐かしさが、胸きゅっと締め付ける。見方を変えればと言う事自体は、頭の中ではわかっていたのかも知れないけれど、実感できたのは、きっと、音無さんが居るから。

 この瞬間が思い出の一つになり、次の可能性を示唆するようだった。

「とっても、眩しく見えるよ」

 音無さんに聞こえるように言ってから、隣まで歩いた。
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