憚りながら天使Lovers
エロ天使

(ほ、本物? それともコスプレ?)
 ドキドキしながら玲奈は近づく。背中の羽をまじまじと見るがとても作り物とは思えない。着ている白シャツに白の短パンもツヤツヤと光り、どこか気品を感じさせる。そして、なにより……
「か、可愛い……」
 人間嫌いの玲奈が見ても可愛いと感じる、少年とも青年とも言えそうな中性的な顔立ちをしていた。体格からしても中学生のようでもあり、高校生くらいでもある。あまりの可愛いらしさにじっと見ていたが、全く動かないところを見てハッとする。
(もしかして死んでる?)
 玲奈は意を決して肩を叩いてみる。
「だ、大丈夫?」
 しばらく叩いていると意識が戻ったのかうっすら目を開ける。
(うわっ、起きた!)
 自身で起こしておきながら警戒して距離をおく。少年はゆっくり起き上がると玲奈をじっと見つめる。ツヤツヤした短い金髪、碧い瞳の少年に見つめられ、玲奈の顔は赤くなる。
(な、なんなのこの生き物。可愛い過ぎて反則!)
 ドキドキしながら見つめていると、少年が初めて口を開く。
「君の名前を教えて」
 流暢な日本語を聞いて玲奈は素直に答える。
「玲奈」
「玲奈、美しい名前だね」
 笑顔で言われると人間嫌いの玲奈と言えど照れてしまう。
(なんだコレ! さっきから絶賛動揺しまくり中なんだけど! 一体何者?)
 顔を赤くしながら黙っていると、少年はあぐらをかいて話し始める。
「僕の名前はルタ。玲奈、突然で申し訳ないけど、僕のお願いを聞いてくれないかな?」
(この状況で断れるわけもない……)
「な、なに?」
「君の処女をくれないかな?」
(なんだコイツ……)
 突然のヤラせて発言を受けて、熱っぽかった頭の中がしゃきっとする。
「さようなら」
 踵を返すと玲奈はルタを放置して歩き始める。
「何よ、翼の生えたただの変態じゃない。バカらしい」
 滅多に使わない台詞だと認識しつつも、玲奈はさっさとその場を後にする。歩きつつ少し振り向くが、着いてくる気配も声もしない。
(諦めたのかしら?)
 訝しながらも早足で自宅に向かう。帰宅するとちょうど居間から現れた弟の優と目が会う。
「お姉ちゃん、おかえり」
「ただいま」
 来月高校生となる優だが、未だ反抗期もなく家族の中で浮き気味の玲奈に対しても優しい。
「合格した?」
「したよ」
「凄いな~、来月から東大生か。自慢のお姉ちゃんだよ」
(くっ……、さっきのエロ天使と違って、優は本物の天使だ!)
「ま、私に掛かれば東大なんて余裕よ余裕。優も勉強で分からないところがあればいつでも言うのよ」
「うん、ありがとう」
 笑顔で自室に向かう後ろ姿にホッコリしながら居間に入ると、会話のない姉の愛里がネイルアートをしている。入ってきた玲奈を見ようともせず何も言わない。当然玲奈も無視する。台所に立つ母親の祥子に一応合格の報告をするも、祝辞の一つもなく黙々と夕飯の支度をしている。
(どうせ私は空気よ……)
 分かってはいたものの玲奈は静かに居間を後にする。閉めた後のドアごしから聞こえる祥子と愛里の笑い声に、言いようのない苛立ちを覚え二階の自室に向かう。ベッドに座ると神社での出来事を冷静に振り返り、冷や汗が出る。
「ってか、本物の天使だったのかな? 外人さんのコスプレイヤーがたまたま神社の裏に倒れていた、なんて考えられないし。私、何気に凄い体験したんでは……」
 悪魔を信じている玲奈にとって、天使の存在もまた同等なくらい信じている。
「出来たら悪魔に会って主従契約を取り交わしたいところだったんだけど、あんな可愛い天使が処女くれとか有り得ん。あれが極悪顔の悪魔なら捧げたかもしれないのに」
 得意の空想をぶつぶつうわごとのように言っていると、下からご飯の声が掛かる。もちろんこの呼び掛けは優にされているもので、玲奈が来なくても食事は始まる。大学に合格し本来なら嬉しく喜ばしい日だが、玲奈は下に降りることなくベッドでうつぶせになる。
(人間なんて……、嫌い)
今まで繰り返し繰り返し思ってきたことを反芻しながら目を閉じた――――


――翌日、例のエロ天使のことが気になり神社に向かう。平日の午前中ということもあり人は全くいない。さすがにもう居ないだろうとたかを括り神社の裏に行くと、ルタは昨日と同じ場所、同じかっこうで座っていた。
(なんで居るのよ!)
 驚き戸惑っている玲奈とは正反対に、ルタは朗らかに話し掛けてくる。
「玲奈、必ず来ると思ってたよ」
「貴方、何者? 本物の天使?」
 昨日から思っていた疑問を正直にぶつける。
「見ての通り天使だよ」
(そうは言っても、にわかに信じられない)
「じゃあ、天使である証明をしてみてよ」
「証明?」
 ルタは首を捻って困っている。
(困っている姿もちょっと可愛いかも)
「例えば、その羽で空飛ぶとか、私の思考を超能力で読むとか」
「ああ!」
「そうよ、出来るんでしょ?」
「出来ない」
(やっぱりただの外人のコスプレイヤーか……)
 呆れ顔で見ているとルタは両手を天高く差し上げる。
「えっ、何かするの?」
 期待を込めた眼差しで見つめているとルタが一言。
「立ち上がらせて」
(コイツ、可愛いければなんでも許されると思ってるんじゃないだろうな……)
 イライラしつつも仕方なく両手を掴み起き上がらせる。立ち上がると自分の身長と同じくらいでドキッとする。顔立ちからすると中学生と言っても分からないくらいの童顔をしている。
「で、次は何しろって? 処女をくれとか言わないよね」
「えっ? なんでわかったの?」
(コイツ本当に人を舐めてるのか……)
「あのね僕。私は恋人でもなく昨日今日会ったばかりの人に処女をあげる程ビッチじゃないの。分かったらお家にお帰りなさい」
「じゃあ恋人になる」
 目を細めて遠い目をするがルタは意に介さない。
「お互いのことを全然知らないのに恋人になれないでしょ? まずは友達からって言うのが筋でしょ?」
「じゃあ友達になる」
(なんなのコイツ、調子狂うわ……)
「まず私があなたと友達になりたいかどうかが大事でしょ? なにより、あなたがどんな人……じゃなく、どんな天使かすら分からないし」
 幼稚園児をあやすように、かみ砕いて丁寧に説明する。
「そっか、そうだよね。まだちゃんと自己紹介してなかった。ルートリッヒ・ビュランダル。階級は中級第三位パワーズ。自然界の法則を司る天使だよ。宜しく玲奈」
 しっかりとした階級と概要を聞き、これはガチなんではと、変な汗が流れ落ちるのを感じていた。

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