憚りながら天使Lovers
エロオスカル

翌日、いつものテラスでカプチーノを飲んでいると、ニコニコ顔の恵留奈が正面に座る。
(絶対ノロケられるよこれ)
玲奈はその表情からこれからの発言を予知し体温が少し上昇する。
「おはよう、恵留奈」
「おはよう、昨日はありがとね」
「何のお礼?」
「謝りに行くきっかけ作ってくれて、だよ。お陰で千尋と恋人になれたし」
「なるほどね。良かったわね」
「うん」
 そう言ったきり恵留奈もココアに口を付ける。思ったほどノロケ話を振ってこず、仕方なく玲奈から切り出す。
「告白はやっぱり千尋ちゃんから?」
「うん」
「びっくりしたでしょ?」
「うん、最初拒否ったからね。百合無理だからって」
「で、その後、男性のカミングアウトされたと」
「うん」
「最初聞いてどう思った?」
「ちょっと前に玲奈が振ってきた、もし二人が男の子だったらって話が伏線だったんだと気付いた」
「あははっ、確かに」
「もちろんびっくりしたし信じられなかったけど、身体を見せて貰ったら納得せざるを得なかったね。んで、冷静に考えてみて、こんなに綺麗でカッコイイ男の子から告白されてるんだと思ったら、こっちも惚れた」
 昨日のことを思い出したのか恵留奈の頬は少し赤みがかる。
「アタシ達、急展開過ぎたかな?」
「うん、私、気絶しそうになったもん。でも、千尋ちゃんは半年以上ずっと想い続けてたんだし、恵留奈もずっと彼氏欲しがってたんだから結果オーライでしょ」
「だよな? 別に問題ないよな?」
「問題? 無い無い」
「良かった~、付き合い決めたその場でエッチしたけど、やっぱ問題無いんだな」
「それは問題有りですよー!」
 玲奈はテーブルを乗り出し、声を張り上げ抗議する。
「えっ? 告白されたその場でエッチ? じゃあ何? 私は昨日の一時間、恵留奈たちのエッチ待ちだったの?」
「まあ、そうなるね」
(仲直りに一時間はさすがに長いとは思ったんだよ! コンチクショー!)
「ちょっと引くわ、そして何か惨めな気分……」
「まあ、落ち込むなって。玲奈にはルタ君がいるだろ?」
「まあそうなんだけどさ、アイツいつ帰ってくるか分からないし……って、あれ?」
「玲奈がデビルバスターってのも聞いた」
 恵留奈は得意げな顔をしつつニヤニヤしている。
(千尋ちゃん、恋人には口軽くなるタイプだな)
「う~んと、全部聞いた? エレーナの件も」
「うん、全部聞いた。言わないとチョメチョメしないよって言葉責めしつつ、あんなことやこんなことをしたら白状した」
(このオスカル、ドSだ……)
 恵留奈に責められる千尋を想像して、玲奈は少し顔を赤くする。
「ま、行為後のピロートークにもいろいろ聞いたけどね」
「生々しいからもうその話はいいよ。それは措いといて、天使とか悪魔の話を聞いて混乱しなかった?」
「アタシ自身が天使っていうのは未だ信じられないし、その話が仮に本当だとしても、アタシは今後も知り得る方法ないよね?」
「うん、無いと思う。私は何度も会ってるから真実と言えるけどね」
「実感ないけど、人の役に立ててるならそれでいいわ。だけど、ショックはショックだった」
「だよね。自分自身が天使だなんて」
「違うよ。ショックなのは玲奈がアタシの知らないところで命懸けで戦ってて、悩んでたってことだよ。親友なのに全然力になれてなかったって思ったら、結構ショックだった」
 珍しく悲しそうな顔をして、玲奈の心がチクリと痛む。
(恵留奈、そんなふうに考えてくれるなんて……)
「それは違うよ。私は恵留奈が天使だってことを悟らせないために、敢えて天使系の話を避けてただけだから。恵留奈は分からないと思うけど、天使時のエレーナには何度も何度も命を救ってもらった。感謝してもしきれないくらい力になってもらったよ。それに、今度からはいろんなことを大いに話せる。恵留奈にはたくさん愚痴聞いてもらうし、相談にものって貰うつもり。何たって親友だもんね」
 玲奈の言葉を受けて、恵留奈の顔には笑顔が戻っていた――――


――夕方、千尋から届いたメールを見て、待ち合わせのカフェに赴く。恵留奈を一緒に連れて行こうとしたが、今はまだ照れ臭いからと断られる。呼び出されたおおよその理由は分かるものの、また生々しい話になるのではないかと内心ドキドキしていた。カフェの中から丁寧に会釈する和服美人を確認すると玲奈も会釈する。
「お待たせ。恵留奈絡みの話でしょ?」
「えっと、確かにそれもあります」
「も?」
「大事なことを最初に申し上げておきます。葛城雅之の正体が分かりました」
「正体! 何だったの?」
「デビルバスターであり悪魔、と言ったところです。珍しいケースなので固定の名称はありません」
「天使の家系なのに悪魔って、矛盾してない?」
「元は純粋なデビルバスターだったのが、精神を悪魔に乗っ取られそうになった。本来なら心流で撃退するか、悪魔化するかの二択ですが、葛城の場合はこの悪魔を吸収し融合したものと思われます」
「ドラゴンボールのフュージョン?」
「まさにそれです」
 ドラゴンボールをちゃんと読破していた千尋は即答する。
「結局、どっちの味方なの?」
「今の段階では判断し兼ねます。海で子供を助けていた面を見ると善ですが、私の恵留奈様に手を出そうとした点は悪です」
(あれ? 今の台詞ツッコミどころ満載だった気がするぞ?)
「でも、恵留奈はもう葛城さんとは連絡取らないから安心でしょ? ウンコ扱いしてたし」
「はい、恵留奈様については私もついていますし大丈夫かと。ただし玲奈さんは気をつけて下さい。ファミレスで本当に口説こうとしていた相手は、玲奈さんですからね」
「えっ? 嘘」
「目線です。敵意を出していた私には目線を配りませんでしたが、恵留奈様と玲奈さんでは、玲奈さんを見る回数が多かったです。おそらく、男馴れしてなさそうな恵留奈様をまず食べ、そこから芋づる式に玲奈さんも食べてしまおうと画策していたんじゃないでしょうか?」
(恐るべし葛城……)
「大学も知られてしまっているので、一応気をつけて行動して下さい。天使か悪魔かは措いといて、女性関係について言えば悪魔だと思うので」
「分かった、ありがとう」
「いえ」
 一通り話すと千尋は紅茶に口をつけ一服する。
「恵留奈の件は?」
 名前を出すだけで、千尋は紅茶をテーブルにこぼしてしまう。
「し、失礼しました。あの、私たちのこと、恵留奈様にお聞きになりましたよね?」
「全部かどうかは分からないけど、天使系の話と生々しい系の話を聞いたわ」
「そ、そうですか……」
 千尋は恥ずかしいのかうつむいてしまう。
「というか千尋ちゃん、ルタと私の関係まで話したでしょ? ちょっと軽はずみじゃない? お陰で今日だいぶ突っ込んで聞かれたよ」
 批難の眼差しで千尋を見つめると申し訳なさそうな顔をし口を開く。
「ご、ごめんなさい。その、恵留奈様には逆らえないというか、逆らえない状況だったというか……」
(逆らえない状況ってなんだー! なんかイケナイ想像が膨らんでしまうじゃないか!)
「まあ済んだ話だからいいんだけど、相談ってなに? あんまり生々しいのは止めてよ?」
「えっ?」
 固まる千尋を見て悟る。
(図星だよ。生肉の話だよコレ……)
「ま、まあいいよ千尋ちゃんなら。恵留奈と違って下品じゃないだろうし。言ってみて」
「ありがとうございます。あの、恵留奈様は私の初めての恋人なんで、いろいろと分からないところがあって。特に女性の身体のこととか、未知の部分が多くて、どのように扱えば良いかと、同性の玲奈さんにアドバイス頂けたらなと……」
(私よりナイスバディなくせに何をおっしゃってるんだか、このお方は)
「処女の私に的確なアドバイスが出来るとは思えないんだけど、大事にするっていうのは基本かな」
「大事にですか」
「少年みたいな恵留奈だけど、所詮は女の子だし、鍛えている千尋ちゃんの方が力も強い。壊れやすい陶器を扱うように、優しく大事に扱えば後は流れに任せていいんじゃないかな?」
「なるほどですね」
 真面目に聞いている様子を見て、漫画のレクチャーをした回を思い出す。
「特に恵留奈の場合は、ああ見えて恋人の前だけでは別人のように子猫ちゃんになる可能性あるから、少年としてぞんざいに扱っちゃダメ」
「了解しました。リードするのは男性の私がすべきでしょうか? それともリードしたがる恵留奈様に従うべきでしょうか?」
「恵留奈様と呼んでしまっている時点で、どちらがリードするか決まってる気がするわ。ただし、千尋ちゃんがリードされるのが嫌なら、それはちゃん伝えるべき。恋愛関係はあくまで対等だからね?」
「勉強になります!」
 保健の授業や雑誌や漫画から得た知識をフル活用し、玲奈はそれっぽい講釈を垂れる。純粋な千尋はその内容を真剣に聞いている。
「最後に一番大切なことを教えます。これは千尋ちゃんがすべきことよ」
「はい」
「避妊はしましょう」
「は、はい。あの、でも相手がそれを望まない場合は?」
(なんか嫌な予感が……)
「もしかして、無しでアレな感じ?」
「ごめんなさい。私も流石にそれはマズイって申し上げたのですけど……」
(何考えてんだあのヤロー)
「恵留奈がなんて言おうと断固拒否! まだ学生なんだから!」
「なんか昨日、学生結婚っていいよね!って真顔で言われましたけど」
 しばらくの沈黙の後、玲奈は笑顔で言う。
「分かった! 明日、恵留奈を車で軽く轢いておくから。これで万事解決!」
「だ、だめですって! 冷静に冷静に!」
「あのエロオスカルにはこれくらいしないとダメだって。なんなら島送りにしてやろうか?」
「玲奈さん! しっかりして~!」
 玲奈が耐え切れるキャパシティを超え、結局この後、恵留奈を呼び出し強烈な説教が繰り出されることになった。

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