憚りながら天使Lovers
デビルバスター狩り

 デビルバスター狩りという洒落にならないタイトルに、デビルバスターである玲奈に似た女の子が主演し、ぶち殺されるという話を聞いて、気持ちの悪さ以前に奇妙な感覚にとらわれる。
(デビルバスターと言える力量になったのはごく最近。仮に、未熟だったベルフェゴール戦を初戦と考えても一年前には遡らない。計算が全く合わないからこそ不気味だ。いずれにせよ、世に出回った作品というなら一度この目で確認しなければ……)
 気は向かないものの、玲奈は懐かしい馴染みの本屋に足を運ぶ。店内は相変わらず閑散としお客はおらず、遠目からカウンターを覗くと、店長の橋爪が暇そうに伸びをしている。意を決してカウンターに向かうと、下を向いたまま単刀直入に聞く。
「あの、デビルバスター狩りってタイトルの映画ありませんか」
 雰囲気の変わった玲奈に気付けていないのか、橋爪は快く引き受けるとパソコンで調べ始める。
「ある、ね。ちょっと待ってて」
(流石マニアック古書店! 頼りになる)
 しばらく待っていると事務所内からダラダラ歩きつつ、一本のビデオテープを持って来る。
「これ、ビデオだけど大丈夫?」
「大丈夫です、デッキあるんで」
「そう、んじゃ十万五千円ね」
「高いわ!」
 あまりの値段の高さに、恵留奈にツッコミを入れるときの勢いで言ってしまう。
「あ、あれ、もしかして、玲奈ちゃん?」
(バレたよ。当然だけど……)
「ご、ご無沙汰です……」
「久しぶり! 一年ぶりくらいじゃないか? 学内でも見かけないから居ないのかと思ったら、こんなに綺麗に変身してたとは! 今度デートしよう! デート!」
 玲奈と分かったとたん、テンションアゲアゲの橋爪に辟易する。
「そんなことはどうでもいいから、その値段どうにかして」
「相変わらずキツイ値切り方するな~、コレだいぶレアなビデオなんだけど」
「じゃあ、五百円からスタート」
「いやいやいや、スタート低い低い! 消費税にも足りてないから!」
「じゃあ、いくら?」
「最低でも半値の五万円かな」
「分かった、じゃあこうしよう。そのビデオをタビングして、コピーを私が五百円で買う」
「それじゃ、さっき値段聞いた意味無くない?」
「じゃあどうやったら五百円で売ってくれるの!」
「五百円で買おうとしてる時点で間違ってるんだけど……、っていうか逆切れしてるし」
「じゃあ、こうしよう第二弾!」
「もういいよ! もう分かったから。ここで見て帰りなよ。コピーでもいいって言うくらいなら、コレクションじゃないんだろ?」
「流石、店長話分かる。試写会ということで五百円出すわ。タダじゃ気が引けるし」
「気が引けるんなら定価で買って欲しいよ……」
「何か言いました?」
「いえ、事務所にデッキあるから、見たら返しに来てよ。カウンターにいるから」
「どうもありがとう」
 事務所に入ると言われた通りデッキがあり、玲奈は手際よくセットしテレビの電源を着ける。タイトルの告知も配給先のロゴもなく、いきなり女の子が走る映像が映る。事前情報の通り洋館みたいな別荘を、女の子は必死に走りカメラから逃げている。カメラワークがひどく、走っているため画面が上下に激しく揺れる。
(カメラマンに小一時間説教したいわ……)
 気になっている女の子の顔は、横顔が一瞬映ったりするだけで、玲奈本人かどうか確認出来ない。髪の長さや色だけなら似ている気もする。画面酔いしそうになるのを我慢しながらしばらく見ていると、クライマックスなのか地下室らしき隅に追い込まれる。カメラが近づき顔がはっきりと映った瞬間、玲奈の心臓は止まりそうなくらいの衝撃を受けた――――

――夕方、千尋に相談を持ち掛けようとするも、恵留奈とデートっぽい雰囲気を察し、敢えて何も言わず電話を切る。頼れそうな相手は一人しか浮かばず、今日わだかまりが溶けたばかりの明へ連絡をする。ビデオの件を伝えると、明はすぐに玲奈の自宅に駆け付け内容を確認する。
「これ、確かに八神さん本人だね。顔は整形とかで成り済ませるけど、耳の形、耳紋は騙せない」
 自分と同意見に玲奈もショックを隠せない。明の考察通り、顔やホクロの位置は擬装出来ても耳の形まではなかなか擬装しきれない。
「再確認するけど、出演は……」
「してない。してたらこんなに動揺しないから」
「ごめん。それにしても、よく手に入ったね? 僕も真と一緒に半年前だいぶ探したんだけど入手出来なかったからね」
「マニアックな店の店長と馴染みで、安く譲ってもらったの」
(値切っても三万円の散財は痛かったけど、こんなモノが世に多数出回ったら作り物だとしても私のイメージが悪くなる)
「そっか、八神さんは全部見た?」
「うん」
「凄い精神力だな。こんなグロ映像を……」
(昔から見慣れてるなんて恥ずかしくてとても言えない)
「素朴な疑問なんだけど、このグロ殺害シーンは作り物? 本物?」
(私が一番気に病んでるのがそこ)
「本物だと思う」
「つまり、ビデオの中の八神さんは死んでるわけだ。一年以上も前に」
「そうなるね」
「僕は悪魔に詳しくないけど、次元を操る悪魔みたいなのっている? 空間移動でもいいけど」
「聞いたことない。私もそこまで詳しくないし」
「過去や未来を行き来できる悪魔でもいない限り、こんな映像は取れないと思うんだけど」
「私もそう思う。未来で私を殺す映像を撮り、過去でばらまいたと考えるのが一番自然」
「つまり、この先の未来、こういうシーンに遭うということになる。そして、それを阻止できれば、ビデオテープは作られることがないから、今現存するテープも歴史の修正を受けて全て消滅する、という感じで間違ってない?」
「同意見。こんなビデオが一本でも世に流通してるなんて、考えただけでムカッとする。だから阻止して全消滅を狙う」
「じゃあ、問題はこの事件がいつ起こるかの推理だ。服装から推察すると夏ではない。冬にしては薄着だから春か秋。次に、顔つきからして五年十年先じゃない、今とあんまり変わらない顔と体型だ」
(体型とか何気に失礼だなコイツ……)
「在学中、下手したら直近かもね。私、この映像の服、最近買ったから」
「その可能は高いな。後は場所か、こんな洋館都内にあったかな?」
「私も分からない。ビデオでは内装と地下室くらいしか映ってないし」
「ジャケットの裏を見ても何もないし……、ってこれは」
 明はジャケットの裏を見て凝視している。
「何も載ってないでしょ?」
「八神さん、天使とか悪魔を見抜ける技術は持ってる?」
「持ってない」
「僕はまだ未熟だからうっすらとしか分からないけど、見抜ける人がいればはっきり分かるかも」
「何か書いてあるのね?」
「うん、内容までは読み取れないけど」
「ちょっと見せて」
 明からジャケットを受け取ると、撮影し千尋のアドレスに添付メールを送る。するとすぐに返信が来る。
「来た。群馬県北群馬郡榛東村大字新井、だって。住所だったんだね。後で詳細検索してみる」
「洋館の住所かもしれないな」
「分からないけど、何かの手掛かりであることは確かだと思う。早速明日行ってみるわ。一日も早くケリつけたいし」
「僕も一緒に言ってもいいかな? 今の八神さんには劣るかもしれないけど少しは役に立つと思うし」
「いえいえ頼りにしてます。楠原先生」
 そう言って玲奈は笑顔で頭を下げる。神社で光集束を教わっていた頃にように。
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