憚りながら天使Lovers
別れ

 翌日、愛里から頼まれた作戦を箇条すると以下のようになる。
『彼氏とデート中、愛里が急用と偽りデートを抜ける』
『玲奈が道を聞くフリをして彼氏に接触』
『遊びに誘ってみて、その間に口説かれたアウト』
 某バラエティー番組でお笑い芸人が騙され、隠し撮りされる番組を参考にしているらしい。昨夜敢行された本作戦計画は結局深夜までに及び、レトとの関係は全く進展せず終えることになった。
 ただし本作戦完了後の今夜、どうなるのかはお互いに理解しているようで、今朝すれ違いざまの廊下で目線が重なり胸が熱くなっていた。
 作戦通り尾行を開始し少々彼氏が気の毒とは感じつつも、姉の頼みを断れないのは妹の弱みだと実感する。いつかレトが言っていた、兄の命令には逆らえないと言う格言を自然と思い出してしまう。
 愛里と彼氏を尾行しながら、某完全犯罪漫画っぽくて玲奈はワクワクしている。玲奈から愛里に電話を掛け、急用を装うと予定通り彼氏を一人にする。遠目から見るにスラッとした体型に高身長でカッコよく見える。
 愛里が離脱後すぐに話し掛けるのは怪しまれるので、玲奈は尾行をそのまま続ける。最初、街中を歩いていた彼氏だが、尾行を続けているとどんどん人気のない路地裏に入っていく。
(えっ、こんな路地裏じゃ偶然を装って道を聞くのも不自然だぞ。どうしよう……)
 背後を振り返ると、後ろから二重尾行しているはずの愛里の姿も見られない。
(愛里がいない? ホントどうしよう。このまま尾行を続行するか、引き返して愛里と合流するべきか)
 建物の角を曲がり姿が消える彼氏を見て、玲奈は焦って追い掛ける。
(今は見失わないことが先決! 尾行を続行だ)
 気配を消しながらゆっくり角を曲がると、一本道なのにも関わらず既に彼氏の姿は無い。
(しまった! 巻かれた)
 少し刑事らしい思考だなと思いながら、辺りを見回すもどこにもいない。
「仕方ない。愛里のとこ戻ろ」
 溜め息をついて同じ道を引き返そうとした瞬間、背後から抱きしめられ、シンナーの匂いのする布が顔に当てられる。
(ヤバッ、これってクロロホルムだ……)
 意識を失うさなか、彼氏のニヤつく顔が一瞬見えた――――


――数時間後。気がつくと柱に縛られ、口にはさるぐつわをされているようで状況を瞬時に察する。辺りを見渡すと、窓から差し込む光からまだ昼間というのは判断できる。床等の荒れ方からして廃墟の一室で間違いない。
「目は覚めたかな? 八神玲奈ちゃん。分かっているとは思うが、愛里の彼氏、亮だ」
(やっぱり。でも、なんでこんなことを)
「なんでこんなことをしたかって? それは復讐だよ」
(心を読まれた!まさか……)
「我が名前はオロバス。親友であるオセを殺したのがお前だと聞き、貴様の姉に近づき復讐のチャンスを伺っていたのだ」
(やっぱり悪魔だ!)
「厄介なことにお前の家にはいつも守護天使がいて手が出せなかった。しかし、ここなら天使も来れない。お前を助ける者などいない」
(大丈夫だ。レトなら二十四時間見守っていてくれたはず)
「途中まではな」
(えっ?)
「俺が守護天使のことやお前の仲間や光集束の件を調べず、こんなことしたと思っているのか?」
(まさか、ここって魔域!)
「賢いじゃないか。簡易式魔域とでも言おうか。だいぶ生贄が必要だが、一定時間小さなエリアで魔域を設定できる。つまり、助けは来ないし来れないということだ」
(そんな……)
「オセを殺された憎しみは、貴様をなぶり殺して収める。まずは指から拷問してやろう」
(ヤバイ、助けて!レト!)
 玲奈は後ろ手に縛られたまま、祈る気持ちでレトの名を呼んでいた――――


――さらに遡ること十分前。千尋の部屋には、恵留奈、千尋、明、葛城、レトがテーブルを囲み椅子に座っている。レトの身体はボロボロになり、翼も片方が無い。
「つまり、明確な計画性を以って玲奈様は連れ去られた、ということだな?」
 葛城の威圧的な質問にレトは頷き口を開く。
「連れ去った悪魔はオロバス。予め俺を足止めする部隊を百個単位で編成していた。そして、途中探索出来ないエリアが急に現れたことから、簡易式魔域を設定されたと推測される」
 悔しそうにレトは唇を噛む。
「都内とは言え、魔域に連れ込まれその場所も特定出来ない。お手上げですわね」
 あっさり言ってのける千尋に恵留奈がキレる。
「おい千尋。言っていいことと悪いことあるぞ」
「すみません、恵留奈様。しかし現状、本当に打つ手が無いのです。天使は侵入不可、私達デビルバスターなら侵入可でも、その場所が分からない。私もはらわたが煮えくり返る思いなのです」
「くそっ!」
 恵留奈は悔しそうにテーブルを叩く。明も黙ったまま動けないでいる。長い沈黙が流れる中、葛城が溜め息混じりに口を開く。
「はぁ、仕方ねぇな~」
 突然立ち上がると葛城が頭を掻きながら口を開く。
「一つ、手がねぇわけじゃねぇ」
「あるんだったら早く言え! 玲奈の命が掛かってんだぞ!」
 ブチキレる恵留奈に葛城は冷や汗をかく。
「い、いや、なんて言うか最終手段というか、俺も気が進まないというか、助かった玲奈様も、きっともの凄く傷つく方法なんだ」
 そう言いつつ葛城はレトをチラっと見る。
「時間が勿体ない。玲奈が傷つくとかお前の気が進まないとかどうでもいい。早くしろ」
 恵留奈の殺意にも似た問いに葛城は溜め息をつく。
「分かった。じゃあちょっと庭借りるぜ。それと一つ頼まれてくれ」
「何だよ、早くしろ!」
「あぁ、俺、今から死ぬから。玲奈様に葛城はカッコよく散ったと伝えといてくれよ」
「ちょっと待て。意味が分からん」
「高位悪魔を召喚する。そして俺の命と引き換えに願いを聞いてもらう。悪魔なら悪魔同士、魔域の場所も共有している。その悪魔を使い魔域にいるオロバスを倒してもらう。逆に倒される恐れも想定し、予め魔域の場所を聞いた上で戦闘命令を出す。ま、高位悪魔ならまず大丈夫とは思うが念には念を、ってヤツだ」
 葛城の作戦を聞いた全員が何も言えずに立ち尽くす。
「時間無いんだろ? もう始めるぞ」
 庭先で手際よく魔法陣を書いて行くと葛城は呪文を唱え始め、その光景を他の四人は静かに見守る。しばらくすると魔法陣から黒い煙が現れ、真っ赤な龍の頭をした悪魔が現れる。その大きさと威圧感はベルフェゴールクラスと遜色がない。
「よく来てくれた、サマエル。契約に従い俺の命令を聞いてくれ」
「代償は心得ているようだな」
「当然だ」
「八神玲奈という人間が捕われている魔域を教えてくれ」
「承る。しばし待て」
 固唾を飲んで見守る中、サマエルは答える。
「高尾山麓。ここからおよそ距離三十キロメートル」
 聞いた瞬間、明と千尋は走って部屋を後にし残った恵留奈とレトは葛城を見守る。
「感謝する、サマエル。もう一つ願いたい」
「では、もう一人生贄を捧げよ」
 サマエルの問い掛けに、恵留奈は躊躇いなく庭へと足を踏み出す。
「葛城だけにカッコつけさせないよ。玲奈のためだ。アタシも命なんて惜しくない」
「相変わらず男前だな」
「悪かったなヅカで」
「でも、こういうのは男の仕事なんだよ。悪いな恵留奈ちゃん」
 葛城の台詞を全て聞き終える前に、恵留奈は気絶し前のめりに倒れ込む。背後にはレトが立っている。
「遅えよ。恵留奈とサマエルの契約が成立したらどうすんだ」
「すまない。翼が一枚ないと平衡感覚が狂うんだ」
 恵留奈を魔法陣から遠ざけ寝かせると、レトは魔法陣の中に入る。
「思い残すことはねぇか?」
「昨夜、玲奈の処女を貰い損ねた」
「そりゃ残念。かくいう俺も、過去玲奈様の処女奪い損ねたくちだけどな」
「生贄には持ってこいのダサい二人組って訳だ」
「違いない」
 サマエルを見上げると、大きな鎌を振り上げ二人に対して狙いを定めていた――――


――再び魔域。拷問のため玲奈の背後に回ろうとした瞬間、巨大な鎌がオロバスを真っ二つにする。玲奈はもとよりオロバスも何が起こったのか理解出来ない。黒い煙に包まれるオロバスを見て、倒されたということだけはなんとか理解できる。
(誰か助けに来たんだ!)
 ホッとするも室内に入って来る者は誰もおらず、玲奈はただ静かに立ち尽くす。昨夜のレトとのことを回顧しつつ、しばらく立っていると扉が荒々しく壊され千尋が現れる。
(千尋ちゃん!)
「お待たせしました、玲奈さん」
 獅子王で柱からさるぐつわまで全て切断し、玲奈を解放する。床に座り込んでいると明も走ってやってくる。
「八神さん、大丈夫?」
「ありがとう、お蔭さまで無傷」
「よかった。でも、葛城さんが……」
「葛城さんがどうかした?」
 移動中のリムジンで事の顛末を聞くと、当然のごとく玲奈は青ざめる。命を引き換えに自分を助けてもらったとしたら、それはあまりにも重い代償で、玲奈でも抱えきれない。
 邸宅に到着すると、玲奈は走って真っ先に庭へ向かう。庭の前には恵留奈が立ち尽くしている。
「恵留奈! 葛城さんは?」
「千尋の部屋……」
 元気のない恵留奈を見て悪い予感しかしない。急いで部屋に向かうと、床に横たわる葛城が目に入る。
(そんな、本当に葛城さんが……)
 葛城の遺体に触ろうと屈んだとき、ベッドの横に倒れているレトが目に入る。
(えっ、レト?)
 恐る恐る近寄ると、全身ボロボロで息をしていない顔が見て取れる。
(嘘……)
 その真っ白な顔を見た瞬間、全身の血が引いて行くのが鮮明に分かる。その場でしゃがみ込む玲奈に、歩きながら恵留奈が話し掛けてくる。
「玲奈を助けるため、二人とも生贄になったんだ」
「レトも? なんで?」
「葛城は魔域の場所を聞くため。レトはオロバスを倒してもらうためだ」
(私が助かったのはレトのおかげ……)
 玲奈の瞳からは自然と涙が溢れてくる。
「私のせいでレトが死んだ……、私のせいだ。私のせいだ! うわぁぁぁぁ!」
 号泣しながら玲奈はレトの遺体に抱き着く。その姿を見て恵留奈も我慢出来ずに泣いてしまう。
「嫌だ。嫌だ! 昨日恋人同士になったばかりじゃない! 嘘でしょ? ねぇ! 目を開けてよレト! レト!」
 後から駆け付けた明と千尋も、この光景にいたたまれず下を向いている。何度何度も肩を揺すり泣きながらレトの名前を呼び続ける玲奈を、誰も止められずただ見守るしかなかった。

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