憚りながら天使Lovers
天使プリメーラ

 八月、恵留奈と千尋は揃って八神家を訪問する。いつものように出迎える愛里は申し訳なさそうに頭を下げ、恵留奈たちも頭を下げ八神家を後にする。
 レトが亡くなって以来、玲奈は自室から一切出なくなり携帯電話の電源も切り、外部との連絡を全て遮断した。葛城のみならず、前日に恋人同士となったばかりのレトを失った衝撃は計り知れず、恵留奈もどうして良いか分からない。
 あの日、気絶するまで泣いてレトの遺体にしがみついた玲奈を見て、どれだけレトを想っていたのか痛いほど理解できる。目が覚めた翌日、レトの遺体が天界に召されたことを聞いたときは笑顔を見せたが、それを最後に玲奈は引きこもってしまう。
「玲奈さん、大丈夫でしょうか? もう半年近くになりますよ」
 道すがら千尋は恵留奈に尋ねる。
「家族が支えてるから命に別状はないと思うけど、精神的に大丈夫なわけない。アタシたちじゃどうにもできないかもしれない。もし、元気づけられるとしたルタ君くらいかもね。千尋の持つ天使ネットワークでもなんとかならない?」
「無理ですね。地上に関わる天使のことならまだしも、天界になにかしらのアプローチを計るはできません」
「エレーナでも?」
「エレーナ様は恵留奈様本人ですから。なんともなりません」
「使えねぇなエレーナめ」
「恵留奈様本人に文句言われても……」
「何かいい方法ないかね~、全てをバシッと解決してくれるようなシェンロン的なやつ」
「ドラゴンボールですか。あれば苦労しませんよ」
「だよな~」
 浮かない顔で歩く恵留奈を見て、千尋はポツリという。
「転生復活」
「ん?何か言った」
「強い悪魔や天使に稀に見られるんです。容姿や名前、才能や能力、記憶等全て引き継がれたまま生まれ変わることが」
「マジで?」
「詳しくはないんですが、レト君の場合ならば、その強さや能力等を神がお認めになり必要としたならば、新しく生まれ変わるのではなく、再びレト君として生まれて来る可能性はあります」
「でかした! 早速玲奈のところに報告だ!」
「確証がないんですけど」
 八神家へ走ろうとする恵留奈はピタッと止まる。
「知るすべ無し?」
「先程も言いましたが、天界に関わることなので無理ですね」
「振り出しに戻る?」
 頷く千尋を見て道の真ん中で恵留奈は肩を落とす。大きな溜め息をつき橘邸へと踵を返そうと歩み出して束の間、道の曲がり角で金髪ロングヘアーの女性が話し掛けてくる。
「こんにちは、ちょっと宜しいですか?」
「うお、外人さんに話し掛けられた! 千尋、任せた」
「日本語話してましたけど?」
「すいませんが、この住所の場所を教えてくれませんか?」
 恵留奈は手に握られていたメモを覗く、そこには八神家の住所が書かれてある。
「あれ? これ玲奈の家じゃん。私たち玲奈の友達で、今寄って帰ってるところなんだけど。あんた誰?」
「私はプリシラ。玲奈とは私も友達。レトとも友達」
 プリシラは旅館でのやり取りを細かく説明する。
「つまり、レト君目当てで来日ってこと?」
「恵留奈様、ストレート過ぎます」
 プリシラは少し頬を赤らめている。
「でも、プリシラには言いにくいんだけど、えっと、アタシ上手く説明出来ないわ。ごめん、千尋お願い……」
 当時のシーンを思い出したのか、恵留奈は辛そうな顔をする。
「プリシラ様。レト君について大事なお話がございます。近くに公園がありますので、そこでお話しましょう」
 恵留奈の横顔からプリシラも良くない話だと言うことは察する。公園のベンチで天使の存在も含めレトが亡くなった経緯を説明すると、プリシラも肩を震わせ涙する。恵留奈は気付いていないが、千尋は一目見たときからプリシラが恵留奈と同じタイプの天使だと見抜いている。
「先程の話の流れで、プリシラ様は天使の存在をたやすく受け入れておりましたが、もしやご自身のこともご存知なのでは?」
「はい、実感はありませんが、天使だと言われ知っています」
「えっ! プリシラ天使なの?」
「恵留奈様と同じタイプの天使ですね。天使化中は記憶が無くなるタイプ。そして、今こうやってプリシラ様と話している内容等は、中の天使様にも伝わっています」
 プリシラも自身のことを理解しているのか頷く。
「そこでプリシラ様及び、中の天使様にお願いします。天界とコンタクトを取る方法をご存知ならば教え頂きたい。先の話のように、レト君を失い友達の玲奈さんが失意の底にいます。彼女を少しでも元気付けたいのです」
 千尋の言葉を聞いた瞬間、プリシラが光に包まれ天使化する。恵留奈で見慣れていて千尋は驚きもしないが、恵留奈は突然プリシラが消えてキョロキョロしている。
「恵留奈様、ごめんなさい。見えないとは思いますが、プリシラ様は今天使化されていてベンチにおりますのでご安心を」
「う、うん、了解!」
 ベンチに座る天使化したプリシラからはエレーナ同様、圧倒的な光と力を感じる。その威圧感は表情にも現れおり、厳しい目つきは峻烈なイメージを纏う。
「はじめまして、橘千尋と申します」
「私はプリメーラ。話は理解しております。残念ですが、私でも天界とコンタクトは取れません」
「やはり無理ですか」
「私やエレーナタイプの天使は、まず天界と関与しません。立場的にはほぼ人間ですからね。逆に人間を守るため地上に派兵された天使は、いつでも天界に戻れる。ただし、一度天界に戻ると再び地上の任務に当たることは出来ない。例外として階級の昇進、上級職、私のような人間転生等はありますが」
 プリメーラの説明を受けて千尋は悩む。恵留奈は何も聞こえないので、我慢し黙って座っている。
「亡くなったレト君が、転生復活又は人間転生する可能性はあると思いますか?」
「厳しい意見になりますが、まずないでしょう。聞くところによると階級がパワーズで亡くなった原因も悪魔に対する生贄。無理でしょうね」
「愛する人を守るための犠牲でも、ですか?」
「考慮されるべき事象ですが、それでも難しいでしょう。転生復活や人間転生は上級職が基本とされています。パワーズは中級下位。三ランクも下では無理という話です」
 プリメーラの断言に千尋は浮かない表情になる。
「必ずしもそうとは限りませんよ」
 背後から突然掛かるエレーナの言葉に千尋はびっくりする。
「プリメーラ様のお話をずっときいておりましたが、人間転生については中級上位でも可能。亡くなった経緯やそれまでの行いが考慮されれば、可能性はあると思いますが」
 エレーナの言葉を受けプリメーラが口を開く。
「確かエレーナはドミニオンズ。元中級上位でしたね。私は上級下位ソロネ。貴女の話は例外。普通の天使では無理です」
「レトは普通ではない。実力的にはドミニオンズに近かった。可能性はあります」
 真っ向から対立する意見に挟まれ、千尋は肩身が狭い。
「言い争ったところで、何にもなりません。いずれにせよ、私も含め貴女でもレトをどうすることも出来ないし、天界とコンタクトも取れない」
「七柱のベルフェゴール討伐。この勲に見合う褒章は大きいと思われませんか?」
 ベルフェゴール討伐と聞き、プリメーラの表情が少し変わる。
「それは事実ですか?」
「討伐したのは私を含め玲奈さんや千尋さんに依るところが大きい。何かしらの願いを叶えて下さっても、やぶさかではないと考えますが」
 エレーナの意見を受けて、プリメーラは目を閉じ考えている。千尋もエレーナも次の言葉を固唾を飲んで待つ。
「確認ですが、倒したのはエレーナですか?」
「はい」
「七柱の大天使は当然御存じだと思う。彼らは直接神と同席出来る特権階級。それと敵対する七柱の悪魔ベルフェゴールを倒したとなれば、七柱の大天使も大層お喜びになっているはず。地上にいる大天使に会い、大天使から神に御進言されるよう願う、というのが可能性として一番高いだろう」
「現在、地上におられる大天使はどなたか?」
「ハニエル様だ。どこにいらっしゃるかまでは存じえぬがな」
「千尋さん。天使ネットワークで聞いて見て下さい」
 エレーナに見つめられ、千尋はすぐに携帯電話を取り出す。しばらくの通話後、千尋は焦りながら口を開く。
「大変です。現在ハニエル様とその指揮下千人の天使対、七柱の悪魔マンモンと数千の悪魔軍が抗戦中。天使軍劣勢! 私にも参戦依頼が入っていました!」
「千尋さんに依頼が入るということは、戦場は日本ね」
「はい」
 千尋とエレーナに見つめられ、プリメーラは想いの全てを瞬時に悟る。
「マンモンを倒せば願いを頼みやすい。私にも参戦してほしい。プリシラもレトに惚れているから、そう言いたいのでしょう?」
「流石、プリメーラ様。ダメですか?」
 千尋の真剣な眼差しにプリメーラは頷く。
「ありがとうございます!」
「ところで、千尋さん、戦場はどこかしら?」
 エレーナが背後から話し掛け、今度はそちらに向き直す。
「石川県の霊場、白山です」
「分かった。では千尋さんはプリメーラ様と先に白山へ飛び参戦。私は玲奈さんを連れて後、白山へ向かう」
 玲奈という単語を聞いて千尋は辛そうな顔をする。
「お言葉ですが、玲奈さんの参戦は無茶だと思います。今の状態で戦うなんて酷です」
「ベルフェゴール戦での勝因は玲奈さんです。同等のマンモン討伐に玲奈さん抜きは考えられませんよ。劣勢なればなおさら必要な要素。それに、レトを復活させられる可能性のある戦いとなれば動くやもしれません」
「そうかもしれませんが……」
「今はエレーナですが、恵留奈なら、きっと戦う選択を示唆しますよ」
 そう言われてしまうと千尋は言い返せない。
「時間が惜しい。千尋さんは白山に急いで。私は必ず玲奈さんを連れてそちらへ向かいます」
「分かりました。お待ちしてます!」
 千尋はプリメーラと二、三言葉を交わすと、背中に乗せてもらい空の彼方に消える。エレーナはその姿を見送ると、急いで玲奈の家へ飛んだ。
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