憚りながら天使Lovers
貞操を守るというハードル

 自宅のドアを開け、玄関で靴を脱ぐと自室へと向かうべく足早に階段を上る。
(友達とか言っちゃったけど、アイツといると常に貞操の危険を感じる。食べなくても生きて行けるくらないなんだから、ほっといても大丈夫よね。だいたい悪魔崇拝者の私が天使と仲良くなろうなんて考えが間違ってた)
 愛里の部屋を通り過ぎ突き当たりが玲奈の部屋となっており、誰も入れないように鍵もちゃんとかけてある。プライバシー保護という観点のみならず、室内にある悪魔的アイテムの数々を家族に見られることを避ける意味もあった。室内に入ると鍵を閉めて電気をつける。正面の壁には白い布に描かれた、逆さ五芒星の印が掲げられている。
「やっぱ自分の部屋が一番落ちつくわ~」
 溜め息をついてベッドに座ろうとすると、そこに見慣れた人物が笑顔で手を振っている。
「ルタ!?」
「先回りしちゃった」
「どうやってここへ? って言うかさっき歩けないって言ってたでしょ」
「障害物は意識することで自由に行き来できるんだよ。次に動ける理由だけど、これは玲奈からもらった愛ある強烈なビンタのお陰さ。ほら、ご覧の通り」
 そういうと背中の羽を優雅に動かしてみせる。
「これでやっといろいろ出来るよ。ねっ、玲奈」
(何が『ねっ』だ。こいつのいろいろは漏れなくエロエロを含んでいるから困る。っていうか既にベッドインで臨戦退勢調ってるし)
 立ち尽くして呆然としている玲奈に対して笑顔で手招きしている。
「アンタに質問」
「何?」
「許可なく勝手にレディの部屋に入るのは天使的にはアリなの?」
「天使的に言うと、この部屋のオカルティックさからしてレディの部屋じゃないから大丈夫」
(天使じゃなくてもそう言うだろうよ! チクショー)
 図星を付かれて玲奈の顔はひきつく。
「まあそれはいいわ。で、何が目的で部屋に来たの? ちなみに処女って単語を放つ度にビンタ飛ぶから発言には十分気をつけてね? ビンタで元気になるドMっぽいし私的には腕が鳴るけど」
 ニヤリとする玲奈を見てルタはあからさまに緊張している。
「ビ、ビンタはもういいかな。出来たらでいいんだけど、しばらくここに置いてくれないかな?」
「断る」
「即答だね」
「貞操を守るというハードルが高くなり過ぎるわ」
「そこは我慢するよ。身体が完全回復するまででいいからさ」
「完全回復ってどのくらいよ?」
「二、三発……、じゃなくて二、三日」
「オイ今、発って言わなかったか? 発って」
「言い間違いって誰にでもあるよね。だって人間だもの」
(非常に危険だ、このエロ偽みつを)
「とにかく、ダメ。他の家族にもバレちゃうし」
「それなら大丈夫。僕の姿は玲奈にしか見れないし、触れられないから。もちろん声も聞こえない。例外がいるとしたら他の天使と悪魔くらい。安心でしょ?」
「そうなんだ。なら安心ねっ、てなるわけないでしょ、このエロ天使。他の処女あたりなよ。他にもきっといい女いるよ? なんで私なんかに限定するかな~」
 玲奈の質問を受け、意外にもルタは黙り込んでしまう。
(何か悪いこと聞いたかしら?)
「似てたんだ……」
「えっ?」
「玲奈は、生き別れた恋人にそっくりなんだ!」
「えっ! そんな、私が生き別れた恋人に……、って天使の癖にベタな嘘つくんじゃねぇー!」
 再度炸裂するビンタをくらい、ルタは再び横転する。
「ヒドイよ玲奈。お父さんにもぶたれたことないのに」
「オマエ絶対日本人だろ! みつを知ってるし台詞がガンダム臭いんだよ!」
「まあまあ、冗談だから落ち着いて、とりあえずテレビ付けて何キロバトルか見てみよう。まずは温かいお茶でも出してもらえないかな?」
「ここはオンエアバトル会場でもなければ喫茶店でもないんだよ! 帰れ!」
 ヒートアップするツッコミに不審を感じたのか、隣室の愛里によって部屋がノックされる。
「玲奈、ちょっとうるさいんだけど誰か来てるの?」
(しまった!)
「ご、ごめんなさい。電話で友達と喧嘩してて。静かにします」
「頼むよ、全く……」
 足音が遠退くのを確認すると大きく溜め息をつく。
「これってジャパニーズ痴話喧嘩ってヤツかな?」
「今更外人ぶるなよエロ天使。つーか痴話喧嘩は世界共通だし、今のは痴話喧嘩でもない。そろそろ本気で出て行ってくれない? こんな調子でアンタにツッコミ入れたら吉本新喜劇にスカウトされちゃうよ」
 疲れた様子で語るとルタが真剣な顔で口を開く。
「いろいろ冗談言ったけど、ホントのところは玲奈が心配なんだよ」
「心配って、何に?」
「言い辛いけど、この家には悪魔が一匹棲み着いてる」
 今まで見せたことのない真剣な顔つきに、玲奈の背筋には冷たいものが走っていた。

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