憚りながら天使Lovers
早乙女恵留奈

「私の家族の中に悪魔がいるって言うの?」
「うん、家族に溶け込んでいるって感じ。そして、家族の絆をバラバラにしようとしてる」
(今、家にいるのは私を除くと、お母さんに愛里に優。このうちの誰かが悪魔。そんなバカな……)
「家族に取り憑いてるってことじゃないんでしょ?」
「違う。いつの間にか家族として侵入していたと言った方が正しい。もちろん家族全員に簡単な記憶操作をかけてね」
「そんな……」
「二階って誰の部屋がある?」
「えっ、私と姉と弟の三つ」
「ふ~ん、僕には二階は二部屋としか認識出来ないけどね」
(嘘よ、そんなはずは……)
「んっ? 気付かれたみたいだ。玲奈、部屋の隅でじっとして目を閉じてて」
 手の平からマジックを見せるかのように銀色の刀剣が現れ、玲奈はビクッとする。
(戦うの? ここで)
 心臓の鼓動が高鳴るさなか、鍵をかけたはずのドアがゆっくりと開く。
「お姉ちゃん、さっきから騒がしいけど大丈夫?」
(優!)
「弟、なんだけど……」
「悪魔だよ。目を閉じて」
 きっぱりといい切るルタに反論出来ない。
「お姉ちゃん、この変な人は誰? 早く追い出してよ」
 ルタを指さしながら語る姿はどこからどう見ても弟だ。
(でも、確かルタの姿を視認出来るのは私と天使と……)
「悪魔だ」
 ルタがそう言った刹那、優の形をしていたモノはどす黒い炎に包まれる。気がつくと、玲奈の目では認識出来ない程のスピードで抜刀し斬り裂いていた。
「オ、ネエェェチャ……ン……」
 燃えながら上半身だけで何か喋ろうとする優の頭を、ルタは刀剣で突き刺してトドメをさす。グロ耐性の高い玲奈でもさすがに目を背ける。
(本当に人間じゃなかった、でも優が、あの優が目の前で……)
 黒い炎を呆然と見つめる玲奈にルタは詰め寄る。
「ごめん、意識操作されてたとしてもショックだったよね。弟さんの記憶は徐々に消えて明日には忘れられる。安心して……」
 最後まで言わさず黙ったままルタをビンタする。偽りの記憶とは言え、共に過ごした日々や思い出が走馬灯のように駆け巡り、涙が自然と溢れて止めることが出来ない。天使にも痛みが残る悲しみのビンタを感じつつ、ルタは黙って部屋を後にした――――


――翌日、昼になっても起きて来ない玲奈を心配し、愛里が部屋をノックする。
「玲奈、起きてるの? 春休みだからってダラダラしてたらダメよ」
(愛里、普通に話し掛けてくるなんて、やっぱり……)
 気の乗らない面持ちで居間に入ると、祥子から早くご飯を食べるように催促される。
(やっぱり全然違う、じゃあ今までの不仲ってルタの言うように、優の影響……)
 言われるまま昼食を取ると自室に向かう。何度見回してもルタの言っていたように、二階には愛里と自分の二つしか部屋はない。
(今までなんで気付かなかったんだろ。一体いつから優は入り込んだんだろ。原因も分からない。もしかして、私の悪魔崇拝が……)
 自分の招いた結果でこんな事態を引き起こしたかもしれないと思うと、心の中がズキズキと痛む。ドアを開けると予想通りルタがベッドに座っている。
「こんにちは、玲奈」
 挨拶を無視してルタの前に来ると、真っ赤に腫れた目で抗議する。
「優のこと忘れられない。母や姉は忘れてるのに、私だけ覚えてる。嘘つき!」
「ごめん、可能性を考慮しなかった」
「可能性?」
「悪魔討伐者、デビルバスターとでも言えば分かりやすいかな。玲奈はその素質があって、デビルバスターに成り得る可能性」
(何を言ってるのか分からない……)
「僕らみたいな討伐部隊以外に、稀にだけど人間にも悪魔を倒せる者が出てくるんだ。初めて会ったときにも感じたけど、玲奈は心流が強い。天使にとっても助かるその力は、悪魔にとっても魅力的な力。玲奈が悪魔崇拝者だから家族に悪魔が入り込んだわけじゃない。玲奈の生まれ持つ先天的な力を我が物にしようとした悪魔が、匂いを嗅ぎ付けてやって来たんだ。おそらく玲奈の悪魔崇拝も、昨日の悪魔の影響だろうね」
(どのみち私のせいだ……)
「デビルバスターの資質があるということは、当然悪魔との対峙経験も蓄積される。経験を糧に強くなるわけだし」
「関係ない!」
 玲奈はルタの言葉を強く遮る。
「私はデビルバスターにはならないし、あなたに協力もしない。私の中にある確かなことは、あなたが弟を殺したという事実のみ。二度と私の前に現れないで、今すぐ消えて!」
 痛烈な想いに触れたルタは悲しい顔をした後、窓枠の方へ飛び去って行く。
(優ごめん、優……)
 とめどなく溢れる涙を堪えきれず、玲奈はベッドに倒れ伏していた――――



――一ヶ月後、学内にある図書館のアルバイトを始めた玲奈は地下にある蔵書の清掃をしている。日本きっての大学の蔵書ということもあり、その書籍数は途方もない。しかし、人間嫌いで青春時代を過ごしてきた玲奈にとって、静かで本に囲まれたこの場所は楽園と言えた。ルタとの一件以来、悪魔崇拝の趣向は薄れ、悪魔の影響で傾倒していたことを何となく実感する。
 一方、優との記憶は薄れることなく、今でも共に遊び笑った日々を回顧してしまう。物的証拠、状況証拠ともに優が人間として存在していたモノはない。炎に包まれて消えて行く姿を見ていたのに、それでもあの出来事がどこか夢であってほしいと願う自分がいた。
(仮にあのまま優のいる家庭で過ごしていたらどうなってたんだろ。私が家庭内で感じていた疎外感は、私だけのモノじゃなくお母さんや愛里も同じようだった。私が家族に無視されていると感じてたとき、お母さんは愛里と私に無視され、愛里はお母さんと私に無視されていると記憶操作されていた。ルタの言うように家庭崩壊は目前だったのかもしれない……)
 ルタに救ってもらいながら、ヒドイ言い方で追い出した自分に自己嫌悪になる。溜め息をつき、本の頭に溜まった埃を丁寧にモップ掛けしていると、二つ上の先輩の早乙女恵留奈(さおとめえるな)が一階から降りて来る。ヅカオーラ全開の恵留奈を見て、玲奈は緊張する。本人は気付いているのかいないのか、この図書館に女性利用者が多いのは、『彼』の影響が強い。
「ご苦労様、そろそろお昼休みにしてよ」
「は、はい」
 失礼な態度は当然取れず、また変に馴れ馴れしくするとファンからヒドイ攻撃を受けかねないので、その微妙な距離間に玲奈は神経を擦り減らしていた。お辞儀をして一階に上がろうとする玲奈を呼び止める。
「玲奈、よかったら一緒にサンドイッチ食べない? そう思って君の分も買ってきたんだけど」
 サンドイッチが入っているであろう紙袋とアップルジュースの紙パックを見て、ヤバイと思いつつも内心少し嬉しい気持ちにもなる。
「あっ、彼氏とかと約束あるなら気にしないで行っていいよ」
「い、いえ彼氏なんていませんし、有り難く頂きます」
「よかった。じゃあ食べよっか」
 蔵書から離れた階段に並んで座ると笑顔でサンドイッチを手渡される。
(こっちの属性はないけどドキドキするのは何故だろう。あんまり優しくされると、勘違いしそうで我ながら怖い)
 食べながら横目で見ると、背の高い和製オスカルがアップルジュースを飲んでいる。
(綺麗カッコイイ……。ルタは可愛いかったけど、先輩はまた違った意味で反則だ)
 しばらく見つめていると視線が重なる。
「玲奈」
 スッと手を伸ばすと指を玲奈の唇に持っていく。
(えっ!)
 触れた感覚にビクッとすると恵留奈は笑顔で言う。
「口元マヨネーズ」
 指についたマヨネーズを恵留奈は舐め取って、普通にサンドイッチを食べ始める。当然ながら玲奈は普通の精神状態ではいられない。
(ちょ、なんだコレ。なんかとんでもないコトされた気がするんだけど。えっ、間接なんちゃらになるんじゃないのコレ? というか女性同士なのにいろいろと恥ずかしい……)
 顔を赤くして固まっていると、恵留奈が話し掛けてくる。
「玲奈に聞きたいことあるんだけどいいかな?」
「は、はい」
「私って周りが言うほどそんなに宝塚オーラ出てる?」
 ちょっと神妙な面持ちの恵留奈を見て冷静になる。
(オーラというもう舞台に出ててもおかしくないんだけど。でも、これってつまり……)
「もしかして先輩、そのこと気にしてたりします?」
「うん」
(正直、意外だ)
「私って背高いだろ? んで、サバサバしてるから男が寄って来ないんだよね。どうしたらいいかな?」
 思いもよらない恋愛相談に玲奈は戸惑う。
(さて困ったぞ。恋愛経験無しのこの私が、学内きってのモテ女性にアドバイスなんて、御法川さんでも解決出来ない相談だろ)
「あの、正直恋愛経験ないんでアドバイスなんておこがましいんですが、今のままの先輩で十分素敵だと思います。自分に自信を持っていいと思います」
(我ながら全然上手いこと言えてない。ありきたりな意見だ)
 玲奈の危惧に反してニコッとされる。
「そ、そもそもなんで私なんかに相談なさったんですか?」
「玲奈は私をそういう目で見てないだろ? だからだよ。もし私に想いを寄せてる相手に恋愛相談なんかしたら、相手に失礼だからね」
(やっぱ恋愛対象で見られてるとかは分かるんだ)
 意外そうに見つめていると、恵留奈が噴き出して笑う。
「玲奈ってさ、考えてることが顔に出るよね」
「えっ?」
「初めて話したときとかは殻に閉じこもってて、とっつきにくいなって思ってたけど、今日話して分かったよ。玲奈はすっごいいいヤツだ」
 突然褒められて体温が急上昇するのを感じる。
(なんかこの褒められるくだり、ルタとの会話を彷彿とさせるな。本人は真っ黒な人と思ってるのに)
 照れて黙り込む玲奈の前に手が差し延べられる。
「握手しよう」
「握手?」
「そう、今日から先輩後輩じゃなく、私の親友になってよ。なんか玲奈とはウマが合いそう」
 にこやかに差し延べられる手を握り返しつつ玲奈は思う。
(さぁ~て、今日から学内のオスカルファンを全て敵に回すことになるわけだけど、大丈夫か私のキャンパスライフ)
 入学して一ヶ月。早くもトラブルの火種を抱えたなと、感慨深げに恵留奈を見る。書庫の小さな窓枠から射す光に照らされているせいか、恵留奈の表情はいつになく輝いて見えた。


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