愛しい人
「行くって、どこへですか?」

「仕事だよ。君は僕の補佐として働いてもらうことにしたんだ」

 花名は樹に連れられて、社用車に乗った。

「あの、私はこれからどうしたらいいんでしょう……」

花名は混乱していた。てっきりj事務系の仕事に付かされるものとばかり思っていた。だから、樹の補佐することになるなんて考えてもみなかったのだ。

「あまり身構えないでいいよ。僕のしているような店舗統括の仕事を覚えてもらって、たまにスクールのアシスタントとして後輩の指導にあたってもらえたらいいなって思ってる」

「そんな仕事、私には無理です」

「無理じゃない。僕が見込んだんだからできるさ。ちゃんと指導するから焦らずゆっくりと覚えてくれたらいいよ」

 評価してくれているということなら嬉しいが、どう考えても、自分にマネージャー業務が向いているとは到底思えなかった。

「そう言われましても……」

 歯切れの悪い花名の反応に、樹は小さなため息を吐いて見せた。

「前にも言ったけど、僕は小石川さんのことが心配なんだよ。お客さんに言い寄られたりしないかとか、いろいろ。ゆくゆくは販売の方に戻るのもありだけど、当分の間は僕の指導下に置くということで上にも了承を得たんだ」

「だからわかって」樹にそう言われてしまうと、これ以上拒否するのは違うと思えた。

「分かりました。頑張りますのでご指導よろしくお願いします」

 運転席の樹に向かってそういうと、花名はシートベルトを締めた。

「じゃあいこうか。今日は各店舗を回るつもりだから少し忙しくなるからね」

 樹はエンジンをかけ、ゆっくりと車を発進させる。

その日は日が暮れるまで、樹と一緒に都心のエリアにある店をくまなく回った。

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