イジワル副社長に拾われました。

知りたくなかった気持ち

「琴乃ちゃん、このレジュメのイラスト、お願い出来る?」

「はい、わかりました。チークの入れ方のイラストでいいですか?」

「うん、お願い。ホント、琴乃ちゃんが来てくれて助かるわ」

未来さんの笑顔に、私もつられて笑顔を向けた。

失業と失恋を同時に体験してから一か月。

白井さんのおかげで、私は今、香月化粧品アーティスト部でアルバイトとして働いている。

最初、メークアップアーティストのアシスタントなんて、元々自分のお化粧自体も上手にできないのに無理なんじゃ……って思っていた私だけど。

実際の『アシスタント業務』は、私の思っていたものではなくて、事務作業のアシスタントだった。

ここ、香月化粧品にはたくさんの社員が勤めている。

今私が働いている本社の他に、エリアごとに拠点のある支社。

そして、支社の下にデパートなどに入っている直営の販売店と、卸販売をしてくれている化粧品店や、ドラックストアまで合わせると、ものすごい人数の人たちが香月化粧品に関わっている。

そして、香月に関わっている美容部員さんたちには、『ビューティーアドバイザー資格』なるものが設定されていて。

五級から始まるその資格は、香月の社員でなくても香月の商品を販売する業務に携わる人なら誰でも受験資格があるもので、販売員としてのスキルを磨くひとつのモチベーションにもなっているらしい。

一級の後の最後の資格としてあるのが、『スペシャリストアドバイザー』というもの。

一級を持っている人の中から選りすぐりの人材しか取得することができないというこの資格は、現役で働いている人たちの中では全国でも十人しか持っていない。

その十人のうちの五人が、ここ、本社のアーティスト部に在籍していて、自社製品のPRに全国を走り回っているのだ。

そして最近、アーティスト部の内勤で事務をしていた社員さんが、家族の介護でお休みをしなければいけなくなり、その人がやってくれていた仕事を自分たちでやらなくてはいけなくなった未来さんたちは大忙し。

「とにかく誰か人を!」と人事にお願いしようとしていたところに、白井さんが私をつれてやってきたらしい。

おかげで私はアーティスト部の救世主のような扱いを受け、今ではすっかり周りにとけこんで仕事をしている。

「琴乃ちゃん、就職先見つかりそう?」

未来さんの問いに、私は深いため息をつく。

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