イジワル副社長に拾われました。
まだ心配そうな瞳の千絵にニッコリ笑いかける。

「千絵、お昼まだでしょ? 一緒に行こうよ」

「そうだね。私パスタがいいな」

笑い合ってフロアを出ようとした途端、眉をひそめた新田さんが戻ってきた。

「桐原、ちょっといいか」

「え? どうしたんですか?」

「……社長がお呼びだ。どうやらあの噂、社長の耳に入ったらしい」

私だけじゃない、横にいる千絵も、まだフロアに残っていたデザイン部の人間みんなが新田さんと同じ表情になった。

「あの噂はデマだって、散々説明したんだけどな。あの娘溺愛オヤジには何言ってもムダらしい。本人を呼べ、それしか言わなくて」

「わかりました。行ってきます」

「すまんな」

「いえ、私こそご迷惑かけてすみません」

ペコリ。

新田さんに頭を下げて、千絵に顔を向ける。

「ごめんね、千絵。パスタはまた今度」

この時点ではまだわからなかった。

また今度。

この約束が守れなくなることを。




「君がここにいると、うちの娘の体にさわる。頼むから辞めてもらえないかね」

入社して七年。

まさかうちのトップである社長が、公私混同する人だとは思ってなかった。

思わぬ申し出に、思わず思考がストップしてしまう。

「もちろんタダでとは言わない。私が懇意にしている知り合いの会社を紹介するから」

そう言って差し出された名刺には、なんと九州の住所が書かれてあった。

……社長、ここは東京ですよ。

私をどうしてもあのふたりから遠ざけたいのはわかりますけど。

「せめて、私の田舎とか指定されたらまだ行く気もするんだけどなあ」

「何か言ったか!?」

「いえ、何も」

「で、どうなんだ。返事は?」

その剣幕には、望んでいる答えはひとつしかなくて。

もう私は色々考えるのも面倒になっていて。

「わかりました。辞めます」

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