夏の終わりの失恋歌(恋愛中毒1)
4.ぜんまいじかけの嘘
彩華はそっとため息をつく。
そーっと別れた方がいいと思っていた。

これ以上、傷つかないし、もめないし。
自分が一晩くらい泣いて過ごせばもういいんじゃないかなって。



でも、ヒコの言うことも一理あるかも。

意を決して店のドアを開けた。

「こんばんは〜」

「あら?忘れ物でも?」

マスターが首を傾げる。

「ええ」

にっこり笑うと、つかつかと、崇城のところに足を向けた。

「彩……っ」

崇城の表情が面白いくらいのスピードで凍り付いていく。
いやだなーと、彩華は思った。
崇城には、自分の中の理想のお兄さんを重ねていたところがあって。
できればこんなときもかっこよく対応して欲しかった。

まぁ、それは望みすぎというものか。

「こんばんは」

出来すぎたくらいの笑顔で言う。

「明、仕事が忙しいんじゃなかったの?」

「今日は、珍しく早く終わって」

崇城は早口に言った。
でも、隣の林野は悪びれた風もなかった。

戦いを挑む、雌の視線。

思った以上に、恋は戦いらしい。
油断している間に、負けたということかもしれない。

「珍しく早く終わっても、誘いたいのは私じゃないってことだよね」

感情を抑えようと、棒読みみたいな台詞回しになってしまう。

……嫌だな、私、滑稽?

「彩とは、ほら、いつでも逢えるし」

……あーあ、そんなこといったら、隣の彼女、怒るよ?

「そっか。
じゃ、もう今が最後でいいや。
合鍵返すね」

キーホルダーから銀色の鍵を一つだけ外して放り投げる。

「バイバイ、明」

……なんて嘘つきな、私!

泣き出す前に踵を返して、心の耳を全部ふさいだ。

だから、崇城の最後の言葉は、彩華の耳には届かなかった。
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