どうしてほしいの、この僕に
「しかし未莉ちゃん、西永さんに本気で好かれちゃったみたいだね」
 運転席の高木さんが苦笑交じりに言った。同意できかねる私は窓の外へ視線を放った。
「本気、なんですかねぇ」
「だってそうじゃなかったら、昨日の今日でいきなり『ドラマ撮影現場を見学に来ないか』なんて誘わないよ」
 それはそうかもしれない。朝、姉から電話が来て、西永さんがかなり強引な調子で私をドラマ撮影現場に連れてこいと言ってきたから高木さんの車に同乗しろ、と指示があったのだ。仕事で同行できない姉の代わりに、高木さんが私のマネージャー役も兼任してくれるらしい。
 しかし私は昨日も午後半休をもらい、今日も有休を使っている。
「この調子で会社を休むと、契約社員の更新は難しいかもしれないです」
「そっか。ま、会社はやめてもいいんじゃない?」
 高木さんはさらりと言った。
「えー、困ります。次の仕事を探すのも大変なんですよ」
「別に無理して就職しなくても、今の未莉ちゃんは生活に困っていないでしょう」
 うん。まぁ、確かに。
 でもそれって姉のマンションに優輝と一緒に住んでいるから、なんだよね。むしろこの生活はいつ終わってもおかしくないのだから、またひとりになる日のために仕事はなんとか維持したい。
「いつまでも姉と優輝に甘えているわけにもいきません」
 短い期間にいろいろあったけど、私だって頭の片隅ではいつもこの先のことを考えているんです。
「本当に未莉ちゃんはけなげだね」
 高木さんはうんうんと頷きながらそう言った。
 すると突然、隣から声がした。
「うるさいな」
「あ、ごめんなさい」
 私はとっさにあやまった。
 優輝の周りだけ空気がぴりぴりしているように感じるのは、撮影前だからかもしれない。役に入り込むための貴重な時間を邪魔したのなら申し訳ない、と私は肩をすぼめた。
「その話は昨日もしたはず」
 ヘッドホンをつけたまま、優輝は迷惑そうに言った。
「まだ未莉がおかしなことを考えているなら、それはけなげとは言わない。強情なだけだ」
「おかしなことって何?」
 ムッとして言い返すと、隣から冷たい視線が飛んできた。
「あのマンションを出てひとり暮らしをする」
「それのどこがおかしなことなの? 当たり前のことでしょう。今の状態のほうがよっぽどおかしなことになっているじゃない」
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