どうしてほしいの、この僕に
 さすがに酸欠になる手前で息を吐くことを思い出した。すると同時にわけのわからない感情も怒涛の勢いで押し寄せてきた。
 ——それは私のせいなの?
 ——嫌ならやめてもいい、って恋人のこと?
 ——眠れない夜が続くのは、私がここにいるから?
 ——出ていく、って私を置いていく気?
 そう思った途端、頭の中が真っ白になった。
「ごめんなさい」
 とっさにそれしか思い浮かばなかった。私のせいで優輝が苦しんでいるなら、あやまるしかない。
 優輝はソファに背中を預け、腕を組んだ。
「それはどういう意味の謝罪なんだろう」
「どうもこうも、優輝が眠れないのは私のせいなんでしょ? だったら……」
「だったら、未莉は俺に何をしてくれる?」
「え?」
 なんだか急に声の調子が変わった気がするのは、私の思い過ごしだろうか。
「眠れるようにしてくれるんじゃないのか」
 話の論点がものすごい勢いですり替えられている気がするのは、私の思い過ごしだろうか。いやいや、だまされてはいけない。このままでは絶対、変な方向に誘導されてしまう。
「あの、そういう言い方って……!」
 反撃しようと意気込んだ私の横で、優輝は急に大きく伸びをした。
「風呂の湯が冷める」
「あ、はい。お先にどうぞ」
 覚えていたんだ。あー助かった。
 しかし変なことを言い出したかと思えば、勝手に話題を切り上げるし、本当にわけがわからない。
 あのまま優輝が出ていくと言い張ったらどうなっていたのだろう。思いつきっぽい唐突な言い方だったけど、冗談にしては笑えないくらい真剣な表情だった。そこまで優輝を追い詰めるようなことを、無意識でやらかしてしまったのだろうか。
 リビングルームを出ていこうとする優輝を、私は慌てて引き留めた。
「あの」
 優輝は立ち止まり、首だけまわしてこちらを見た。探るような視線を投げつけられ、肌がぞくりと粟立つ。
「私は……嫌じゃない、かも」
「何が?」
 うっ、やっぱり突っ込まれるよね。とりあえず「それは、その……」なんて口をもごもごさせていたら——。
「……とは訊かないでおく」
 優輝は最後に怖いほど艶やかな笑みを浮かべ、バスルームへと消えた。

 翌日私は有休を取り、高木さんの車でとあるスタジオへ向かった。隣には珍しくヘッドホンをつけた優輝がいる。漏れ聞こえる音から察するにロックが再生されているようだ。
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