どうしてほしいの、この僕に
 私も明るい声を出そうと努力してみる。
「それはそうでしょうね。骨が折れていますし」
『痛すぎて、眠れる気がしない』
「せっかくの個室なのに残念ですね」
『からかう相手がいないとつまらないな』
 クスッと笑う優輝の声が、耳をくすぐった。ドキッと心臓が跳ね、甘い痺れが首筋から全身をめぐる。
 まずい。電話で話していると、頭の中が彼の声でいっぱいになって、脳まで彼に支配されそう。
 でも甘い気分に浸っている場合ではなかった。慌てて気持ちを引き締める。
 優輝がけがをしたのは、私のせいなのだから。
「すぐに慣れて、ぐっすり眠れるようになりますよ」
 苦い気持ちで昨晩の優輝のセリフを思い出す。『未莉は俺に何をしてくれる?』という彼の問いに、こんな形で答えることになるなんて、誰が想像できただろう。
 フッと笑う声がした後、不意に沈黙が訪れた。
 ——ねぇ、あれは優輝だったの?
 のど元まで出かかった言葉を、寸前でごくりと飲み込む。
 ——やっぱり訊けない。
 私は奥歯を噛みしめた。
 優輝に訊くのはもう少し考えてからにしよう。もしかしたら何か思い出すかもしれない。もっと確かな何かを——。
『未莉』
 その声で私の意識は会話に引き戻された。
 いつもより硬く、感情の読み取れない声音に心臓がズキンと痛む。
 なにか嫌な感じがした。続きを聞きたくない。
 だけど私には黙っていることしかできなかった。
『もう病院には来るな。絶対に』
「ど……して?」
『どうしても、だ。未莉は何もなかったように、普通に生活してろ。そういうの、得意だろ?』
「無理だよ、そんなこと」
『電話も、もうしない』
「なんで?」
『じゃあな』
 音もなく通話は終了した。一方的に電話を切られて腹が立った。一方的な要求にも全然納得がいかない。
 風呂の湯が定量になり、電子音が鳴り響く。その無神経な音量のせいで胸がズキズキと痛んだ。
「結局『もう来るな』と言うために電話してきたのか!」
 浴室に向かってひとりごちる。するとそれが無駄に反響し、ひとりでわめいている自分自身がむなしく感じられた。
「はぁ」
 とりあえずため息をつく。
「理由くらい説明してよ」
 まぁ、あの優輝にそんなことを頼んでも無駄だ。
 彼が懇切丁寧に理由を説明する優しさを持ち合わせていたら、彼と私の関係はこんなにおかしなことにはなっていないはず。
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