どうしてほしいの、この僕に
「そうですよね」
「でも、未莉ちゃん、ホントに優輝の見舞いに行きたいの?」
 隣で意外そうな声が上がる。
 なんとなくうつむき加減になった私は小さく答えた。
「ええ、まぁ」
「それなら明日にでも連れていってあげるよ。俺がアイツに付き添う時間、なんとか調整するから」
「いいんですか?」
 今度は自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。
 高木さんは前を見たまま目を細める。
「もちろん。優輝も喜ぶよ」
「絶対怒ると思います」
「確かにアイツ、素直じゃないからな。でもベッドから動けないヤツなんか怒らせておけばいいって」
 そう言って高木さんは悪戯を企む子どもみたいにニヤリとした。

「ニュースになっているね」
 柚鈴は私の顔を見るなり、そう言った。
 事故発生から1日以上経っているのだし、報道されていないほうがおかしいくらいだ。
 だけど——。 
 今朝はあんなに気になったのに、今はもうそれらを見る気にはなれなかった。
「でも未莉の職場の人が言うような記事はないよ。ネット上で噂になっているのを見たんじゃない?」
 私を慮ったのか、柚鈴は明日香さんの名前を口にしなかった。
「そっか。確かにネットの情報に詳しそうなタイプの人だわ」
「やだやだ。私はネットの噂とか絶対見ない。だって悪口しか書かれていないもん」
 柚鈴は倒れ込むように事務所の応接ソファへ腰をおろした。私も向かい側に座る。
「今の時代って大変だね。ネット上に変な噂を書き込まれたら、嘘でも本当でも、一気に広まりかねないし」
「まぁね。でも人の目がなければ成り立たない仕事だし、世の中の人全員に好かれようと思っても無理だし、結局気にしないのが一番だね」
 そう言って柚鈴は人差し指で自分の唇をなぞった。乾燥していることに気がついたのか、バッグを開けて覗き込む。リップクリームを探し当てると、キャップを外し唇の上を二往復させた。
 私は柚鈴が淹れてくれたコーヒーに口をつける。温かくてほろ苦い液体をしみじみと味わっていたら、急に柚鈴が眉間に指をあて、名探偵が謎について思案するような顔をした。
「その新入社員くん、姫野明日香の知り合いだったりして」
「まさか……」
 しかし否定するだけの確固たる証拠はない。想像した瞬間、肌がぞわっと粟立った。
「事故の前、姫野明日香の様子はどうだった?」
「どう、って……」
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