どうしてほしいの、この僕に
 私に視線を移した優輝の事務所の社長は「おっ」と声を上げた。
「これは驚いた。優輝の従妹ちゃん、すげーかわいいじゃん!」
 ——こ、この人が、姉の元カレ!?
 ——ていうか、完全に騙されているし!!
 私は目の前の男性をまじまじと見つめた。
 年齢は私の父親世代より少し若いくらいか。パッと見、長身でスタイルはいいのだけれども、漢字の八の字みたいに眉尻が垂れていて、アニメのキャラクターみたいにひょうきんな顔立ちになっている。それが親しみやすい雰囲気を作っているようだが、年齢にふさわしい重厚さはどこにも見当たらない。
 ——う、うん。ちょっと、いやかなり、想像と違うけど……お姉ちゃん、こういうのもアリだったんだね。
 そんな失礼なことを考えていると、急に手をつかまれた。
「こんなかわいい女の子が毎日お見舞いに来てくれるなら、入院生活も悪くないなー」
 姉の元カレは私が座っていた椅子に腰かけ、私の手を握りしめて言った。
 できるなら思い切り腕を振リ回して、なんとしてでも解かせるのだけれども、相手は大手の成田プロの社長だ。さすがの私も初対面でいきなり失礼なふるまいは避けるべきかと、とっさに判断したわけで。
 すると優輝の冷たい視線がこちらへ飛んできた。
「社長、彼女の手を離してもらえませんか」
「お、おう。これは失礼。挨拶のつもりだったんだが」
 そう言いながらもなかなか手を離してくれない。私は社長から一歩退いた。
「彼女、男性恐怖症なんです。5秒後には彼女の絶叫が病院中に響き渡りますよ」
「えっ」
 パッと手が解放される。社長は眉尻をこれ以上ないほど垂らし、恐れおののいた目で私を見た。
「じょ、冗談だろー!?」
 ベッドの上の優輝は一瞬だけシニカルな笑みを浮かべ、小さくため息をつく。
「僕の従妹の手を握るためにお見えになったんですか? そうではないでしょう。仕事の話なら彼女には席を外してもらいます」
「あ、私はもう帰ります。失礼します」
 そうだ。わざわざ大手事務所の社長が出向くくらいだから、当然仕事の話もあるだろう。どうせなら手を握られる前にさっさと退室すればよかった、と後悔しながら小走りでドアへ向かった。
「待って」
 廊下へ出た私を高木さんが追いかけてきた。

 しかし、成田プロの社長があんなくだけた人とは。
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