どうしてほしいの、この僕に
 俄然、姉の目つきが鋭くなった。対する優輝は淡々と答える。
「単なる勘です。証拠はありませんが、起きてはならない事故が起きたわけですから、故意を疑うべきかと」
「こ、恋……!?」
 私は自分の口を慌てて塞いだ。両手で強く押さえたが、3人の冷たい視線が身体中に突き刺さるのは防げなかった。
「あの、ごめんなさい。『わざと』という意味ですよね。わかってるけど、ちょっと言ってみたかったの!」
 最初にプッとふき出したのは高木さんだった。
「未莉ちゃん、君はおもしろい!」
「ま、いいわ。ここで議論したところで真相はわからない。でもそれぞれ用心しましょう」
 姉の言葉に優輝が大きく頷いた。
「そうですね。特に未莉はなるべくひとりにならないように」
 えー!? そんなこと言っても会社にも行かねばならないし。ずっと誰かと一緒に行動するなんて難しいよ。
 不満たらたらの心の内が優輝にはバレているらしく、彼は呆れたような視線をよこした。
 ——どうしたものか。
 そう思っていると、口元に笑みを浮かべた姉が顔を寄せてきた。
「ほら未莉、守岡くんにあの話しなさいよ」
 あの話——って西永さんから頼まれたスペシャルドラマ出演のお願い——だよね?
「ああ、えーっと、その、西永さんが……」
 途端に優輝は松葉杖を使って移動を始めた。うわー、西永さんの名前を出しただけでこの態度。人の話は最後まで聞きなさいよ。
 私はムキになって大きな声を出した。
「西永さんがスペシャルドラマの相手役に私を推してくれるって」
「……そう来たか」
 答えたのは優輝ではなく高木さんだった。
 優輝は私たちに背を向けた状態でベッドに腰かけ、不機嫌そうに松葉杖を投げ出した。彼の向こうには病室の扉しかないのだけど、扉なんか見つめて何か楽しいことでもあるのだろうか。
「その話は断った」
 嫌な静けさが室内を支配したのを確かめてから、彼はそう言った。
 知っていますよ。だからこそお願いに来たんです。
 心の中ではすぐに食ってかかれるのに、なぜか声が出ない。
「……どうして?」
 やっとのことでそれだけ喉の奥から絞り出す。
 優輝は折れていないほうの足を上げて膝をまっすぐに伸ばした。もう一方もゆっくり動かしているが、まだ膝の高さまで上げることは難しいようだ。
「この身体で満足な仕事ができるとは思えない」
「そうですよね」
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