どうしてほしいの、この僕に
 鬼の首を取ったように声を上げた私の耳に優輝の大きなため息が聞こえてくる。
「喜ぶ顔が見たい」
「……はい?」
「ただその一瞬のためだけのプレゼント。贅沢だろ?」
 それってつまり、贈り主にとっては相手の喜ぶ顔がご褒美ってこと?
「あの、私……喜んでましたかね?」
「さぁな」
「えっと、そういう顔に見えないかもしれないけど、すごく喜んでいます」
「わかっている」
「本当にありがとうございます。嬉しいです」
 正座した膝に頭がくっつくほど下げて戻ると、優輝は困ったように眉を寄せていた。
「未莉、全然気がついていないんだな」
「何?」
「いや、いい」
「え、言ってよ。気になる」
 でも優輝はフッと笑っただけで、すぐに「そういえば」と話題を変えた。
「会社、辞めるんだろ?」
 私は「うん」とわざとらしいくらい縦に首をふった。ここで変に未練がましいことを言わないのが賢明だととっさに判断したのだ。だってせっかくのよい雰囲気を会社の話でぶち壊すのはバカバカしいじゃない?
 優輝は満足そうに頷く。
 そして「明日きちんと話をつけてこいよ」と、いつもより少し低めの声で念を押してきた。

 ここまでくれば迷うこともない。
 翌朝、課長に「突然ですが、辞めなければならなくなりました」と伝えた。すぐに部長に呼び出され事情を説明することになった。
 会議室での面談は10分ほどであっさり終了し、本日の重要任務を終えた私は給湯室でホッとひと息つく。
 コーヒーを淹れ、立ったままその場でひと口啜った。
 物足りない。それが今の正直な気分だった。
 いや、私は契約社員だし、いきなり明日からいなくなっても困らないだろうけど、その現実を突きつけられるとやはり落ち込む。
 それに——と、私は昨晩のことを思い出していた。
 プレゼントされたルームウェアは水通ししてから着用すると決めた。それがいけなかったのだろうか。
 昨晩の優輝はあんなに機嫌がよかったのに——なのに、私に指一本も触れなかったのだ。
 いや、彼はけが人だから、それが当然のことなのだろうけど、私も一応は女子の端くれである以上、何もないと少なからず落胆を覚えてしまうのだ。
 なんという面倒くさい生き物!
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