どうしてほしいの、この僕に
 今夜は高木さんの車で優輝と一緒にテレビ局へ出向き、局のディレクターからスペシャルドラマのコンセプトについて説明を受けることになっていた。早ければ早いほうがいい、と先方たっての希望だった。
 会議室のドアを開けると、ディレクターと思しき男性が立ち上がって「どうぞどうぞ」と私たちを招き入れた。まず優輝が座るのを見届け、高木さんと私も腰を落ち着ける。
 テーブルにはディレクターの他にもうひとり先客がいた。
「こちらはサイティさん。今回のスペシャルドラマの脚本を書いてくれます」
 私たちは口々に「よろしくお願いします」とつぶやいて頭を下げた。
 それにしても、と顔を上げた私は向かい側のサイティさんをまじまじと観察する。ウィッグと思われる金髪にサングラス、発色のよいオレンジ色のチークに同色のルージュ、手の込んだ刺繍が目を引くインド風のファッション——どのアイテムも個性を強調しすぎているせいか目がちかちかしてきた。
「ペンネームですか? 変わったお名前ですね」
 優輝のぶしつけな質問にもサイティさんは表情を変えず、形のよい唇を開くと女性にしては低い声で言った。
「ええ、『最低』という意味です」
 いや、意味というか、発音がそのままサイティですからね。
 私の内心のツッコミが聞こえたのか、サイティさんは私のほうを向いた。
「柴田未莉さんですね。はじめまして。驚きました。これほど私のイメージにぴったりな方はなかなかいない」
 漆黒のサングラスのせいで彼女の目は見えない。オレンジ色の頬が動いて、オレンジ色の唇が吊り上がる。
 ——なぜ?
 彼女がまず私に興味を示したことに、私は激しい違和感を覚えた。
 だって普通はまず、今をときめく守岡優輝に話しかけるものではないか?
 ——この人、何者!?
 脚本家らしいけど、優輝も知らなかったということは新人かもしれない。見た目、若そうだし。それで役者としては素人の私に共感して興味を持ったのか。
「ありがとうございます」
 とりあえず無難に礼を言う。
「守岡さんが強くプッシュするのも納得です。お付き合いは長いのですか?」
 ——つ、付き合いって……いきなり何を訊いてくるんだ!
 ギョッとした私の隣で、優輝はテーブルに身を乗り出した。
「そう見えますか?」
「ええ、守岡さんの隣に座っているのに、彼女、全然緊張していない」
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