どうしてほしいの、この僕に
「悪かった。本当にすまない」
「高木さんがあやまる必要はないでしょう」
 言い終わらないうちに優輝はリビングルームを出ていく。
 私は茫然と彼の後ろ姿を見送った。
「あの人、なぜ急に怒ったんですかね?」
「ごめんね。疲れているところに重たい話題だったな。明日から忙しくなるし、未莉ちゃんも早く休んだ方がいいね」
 テーブルの上を片付けながら、高木さんは私に笑いかけた。その笑顔はいつもの爽やかさがない。
 気になりつつも、なんと声をかけたらいいのか迷っているうちに片付けが終わり、高木さんは玄関へ向かった。
「あの、なんだかごめんなさい」
 靴を履いて振り返った高木さんに、私は深々と頭を下げた。
「いや、未莉ちゃん、違うんだ」
 高木さんが私の目の前で慌てて手を振った。
「違う?」
「優輝への脅迫に関する調査を依頼中でね」
「あ、はい」
 調査を依頼するというのは、いわゆるプロの探偵さんに?
 まぁ、それはそうだよね。優輝本人はもちろん、高木さんだって独自に調査している暇などないだろうし。
「友広和哉。彼は……」
「高木さん、それ以上しゃべると、松葉杖を腹部にお見舞いしますよ」
 突然優輝が寝室から姿を現した。
 ちょっと、いいところで遮らないでよ! めちゃくちゃ気になるでしょう。
 高木さんはお腹をかばうような情けない姿で「じゃ、明日」と短く言い残し、玄関を出ていく。
「なんで?」
「未莉はもう、あの男とは接点がなくなった。これ以上何を知りたいんだよ?」
「いや、だって、友広くんが優輝への脅迫に関わっているとしたら、接点がなくなったとは言い切れないじゃない」
 優輝は目の前まで近づき、私の顎を強引に持ち上げた。威圧的な視線が私に降り注ぐ。
「そいつは未莉を『好き』だと言ったのか?」
「そうは言っていない……けど」
「けど?」
「じゃあ優輝は私にそう言ってくれた?」
 彼は大きく息を吸った。
「……俺に振るな」
 ——逃げた! 今、逃げたよね?
 がっかりしながら優輝の脇をすり抜けて、バスルームに向かう。
 1歩進むごとに腹の底から怒りがふつふつとわいてきた。
「結局、私には何も教えてくれないんだね。なんで? 私が世間知らずだから?」
「女優になりたいなら、あの男のことはもう忘れろ」
 優輝は私に背を向けたまま、冷たく突き放す。
 なによ、なによ、なによ!
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