どうしてほしいの、この僕に
 だって幼い頃からの夢だった女優デビューの仕事が決まったところだもの。ふわふわした気分でいてもいいはずなのに、それどころか不安と不満と不可解な気持ちでどんよりしているこの状態って……。
「もしかして、鬱?」
「いきなりどうしたのよ」
 姉は眉をひそめ、呆れたように言った。
「いや、私、鬱なのかな、と思って」
「笑えないことを気にしているの?」
 心なしか姉の顔に悲しそうな色が浮かぶ。途端に胸がチクリと痛んだ。
「まぁ、少しね」
 繕うように軽く返事をすると、姉は顎に指をあて、考えるポーズを取る。
「逆にそれを武器にしたらいいのよ。自分を強気でクールなキャラだと設定する。どう?」
「そ、そうだね」
 ——やっぱりそう見えるのかな、私って。
 契約社員だった会社の男性陣から『鉄壁の守り』と呼ばれていたと聞いて、勝手に私のイメージをねつ造したヤツはどこのどいつだ、と憤りを覚えたのだけど、実の姉にまで『強気でクールなキャラ』認定されるってことは公式発表も同然だ。
 自分ではどちらかと言えば小心者で弱気で、うじうじしていると思うんだけどな。笑えないだけで、ツンとしているつもりもなかったし。
 急に姉が肘で私の腕を小突いた。
「未莉の身近に芝居上手な男がいるじゃない」
「いや、あの人は参考にならないし」
 演技が上手すぎて、そもそも素の状態がどれなのか、未だにわからないもの。
 しかし姉が意外なことを言いだした。
「基本的に彼はすごく不器用なのよ」
「え、どこが?」
「私がはじめて会ったとき、彼は決して外面のいい男じゃなかったわよ。むしろ言葉数が少ない上、お世辞のひとつも言えないような垢抜けない青年だった」
「……は?」
 いや、確かにそういうところあるし、優輝の実家で見た高校時代の写真はまさにそんな感じだったけど、もし本当に不器用ならいろんな役を演じ分けられないじゃないか。
 私の疑問を察したのか、姉は苦笑しながら肩をすくめた。
「だから提案したの。役者をやるなら、役者である自分も演じてみたら、って」
 ——それじゃあ「僕」のときの優輝は守岡優輝というキャラクターを演じていて、「俺」のときが素の状態なのかな。
 ずいぶん外面のいい男だと思っていたけど、私がまんまと騙されていたわけね。
「案外誰でも無意識のうちに自分を演じているものだと私は思うけどね」
 姉はクスッと笑う。
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