どうしてほしいの、この僕に
「同一人物だと思う?」
「確証はないけど、たぶん」
 私の返事で車内は静まり返った。
 それまで黙っていた高木さんが「うーん」と唸る。
「やはり西永さんがあやしいんじゃないか?」
「あの男にあるのは下心だけよ」
 姉はきっぱりと断言した。下心しかないと言われてしまう西永さんが少しかわいそうだけど、逆に言えば後ろ暗いところのある人ではないということになる。
「あの脚本家が西永さんの女だったら?」
 高木さんの言葉に、姉は「あー」と気だるい返事をした。
「その可能性は高いわね。それで未莉に嫉妬? ずいぶんと安い女ね」
 じゃあ姉は高い女なのか、と内心ツッコミを入れたところで、優輝が首を傾げた。
「嫉妬の嫌がらせにしてはずいぶん手が込んでいますね」
「あら守岡くん、女の嫉妬ほど怖いものはないわよ」
「肝に銘じておきます」
 真面目な声で答えた優輝は、ブレスレットを捨てた窓に肘をついて寄りかかった。物憂げな視線はどこか遠くに向けられている。
 まつげが長くてきれいだな、と思った。
 目から耳までの絶妙な距離とそこにかかる前髪のバランスが芸術作品のように完璧だった。あまりにも美しい光景なのでついつい見入ってしまう。
 それからようやく何を考えているのだろう、という疑問が浮かんだ。
 こんなときに私は何を考えているのだろう、という羞恥心とともに。

 辺りを警戒しつつ帰宅した優輝と私は、とりあえずコーヒーでも飲んでひと息つこう、ということになった。
 食器棚の最上段に置いてあるマグカップを取ろうとしたら、うっかり手を滑らせてしまう。
「ひゃあ!」
 驚いた優輝が「大丈夫か?」と近づいてくる。
「だ、大丈夫です」
 奇跡的に胸元でキャッチしたマグカップを見せると、優輝は呆れたような顔をした。
「そんなの割れても困らないけど、未莉にけがをされると困る」
「あ、ありがとう……心配してくれて」
 私は恥ずかしくてうつむいた。
 正直にいえば、胸の内はぐちゃぐちゃだ。
 ——仕事に支障が出るから困るんだよね?
 ——でも少しは私自身の心配もしてくれた?
 なぜこんなことを考えているのだろう。本当に私はどうかしている。
 ポンと頭の上に手が置かれた。
「どうした?」
 期待どおりの優しい声。だけどなぜか急に涙があふれた。
「……大丈夫」
「大丈夫なのに泣かないだろ、普通」
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