どうしてほしいの、この僕に
 タクシーで帰宅したその男性が、私に近づいたかと思うと、突然私を横抱きにした。
 すごい! お姫様抱っこなんてはじめて!
 ……なんて感激している場合ではない。
 いや、ある意味、感激している場合なのかも。
 私はなぜか守岡優輝にお姫様抱っこをされて、高級マンションのエレベーターを上がっていった。

「あの、ここは姉の部屋……ですよね?」
 私が姉の部屋と記憶しているドアに、優輝がカギを差すので、おずおずと尋ねた。
 優輝は無言でドアを開けると、手でどうぞと中へ入るように促す。
「えっと、足が汚いんですけど」
 ドアを閉めると優輝は土間に突っ立っている私を遠慮なしに上から下まで眺めまわした。
「とりあえず風呂に運ぶ」
「すみません」
「火事になるようなマンションに住むな」
「は?」
 とっさに反論しようと意気込んだが、身体がふわりと浮いて言葉を失う。またしても横抱きにされているのだ。すみません、重くて……。
 バスルームに到着すると、コートを脱いでバスタブに腰かけるよう指示された。
「お嬢様、足を洗って差し上げます」
 シャワーを手にした優輝は、腕まくりをして私の前に跪いた。
 な、なんで突然執事とお嬢様な設定になっているの!?
 それに私、みすぼらしいパジャマ姿でものすごく恥ずかしいんですけど!
「え、いや、自分でできます!」
「いえいえ、お嬢様はお疲れでしょうから」
 なんだかノリノリの優輝と、生地がペラペラの安物パジャマが気になって仕方のない私とで、シャワーヘッドの奪い合いになる。
「いや、そんなこと頼めな……!」
「未莉、言うことを聞……!」
 ふたりの言葉が重なった瞬間、シャワーから勢いよく水が噴出した。
「な、なんでー!?」
「なんで、じゃねぇ。ここにスイッチがついているんだよ。だから言うことを聞けっつーの。どうしてくれるんだよ、俺までびしょ濡れになっちまっただろうが!」
 シャワーヘッドについているスイッチを押してしまったらしく、私が優輝に向かってシャワーを噴射する格好になった。これは、誰がどう見ても私が悪かった。
「ごめんなさい」
 優輝はしたたる水滴を拭いもせず、立ち上がってバスタブの栓をし、湯を張るボタンを押した。それから私を見下ろして小さくため息をつく。
「気にすんな。風呂、先に入れ」
「でも優輝も濡れてるし……」
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