どうしてほしいの、この僕に
「たぶん違うよ。そんな人じゃないって私も信じているし。それに連絡が取れないわけじゃなくて、お互い連絡しないというだけで」
「なんで?」
 まったく理解不能というように柚鈴は首を傾げた。
 私もうまく説明できる自信はない。
 それに不安がないと言えば嘘になるけど——。
「私は大丈夫だよ」
 思い切って口にしたセリフに、親友はものすごい剣幕で食ってかかってきた。
「何が大丈夫なの? またいつどこで誰に襲われるかわからないという現状で、未莉をひとりにするなんてありえない!」
「でも私が狙われたのは、柚鈴みたいな売れっ子じゃないのに周りにちやほやされたからでしょ。私がこの仕事を堂々と続けていくためには、守ってもらうだけじゃだめで、私自身が結果を出していかないと。だから優輝と離れて自立しなきゃいけないと思う」
 姉と高木さんに指摘されたことを思い出しながら、私はつとめて明るく言った。ふたりからの助言がなければ、未だ優輝に対する未練を断ち切れずにいただろうと思う。
 でも今の私は前を向いている。
 自分の進むべき道のことを考えるとき、不思議と優輝の後ろ姿が見えるのだ。進む道は違っても、彼は同じ空の下にいる。そう思うだけで勇気がわいてくるから不思議だ。
 しばらく黙っていた柚鈴が小さくため息をつく。
「……そっか。未莉が納得しているならいいけどさ」
 ——本当は納得できないこともたくさんあるんだけどね。
 私は笑みを浮かべたまま、心の中でつぶやいた。
 でも今の私に立ち止まっている時間はない。
 ——だからもう全部飲み込んでしまおう。
 いつも晴れた日とは限らない。雨の日も風の日も私たちは自分の足で歩いていく。
 その道のりで、またいつか彼と交差するまで、私はあきらめない。
 ただそれだけのことだ。

 けたたましいアラームの音に反応して手を伸ばす。時計をつかんで目を開けると表示は朝の5時30分。起床の時間だ。
 気だるい身体を無理矢理起こし、カーテンを開ける。すでに外はまばゆい光に満ちあふれ、眼下に広がる公園の中をカラフルなランニングウェアに身を包んだ女性が颯爽と駆けていった。
 私は寝ぼけ眼をこすって伸びをする。
 この新しいマンションに引っ越してから1年が経つ。
 あっという間の1年だった。
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