どうしてほしいの、この僕に
 空になったスープボウルが私の前に差し出される。私は戸惑いつつも立ち上がり、ポトフの2杯目を優輝へ渡した。
「未莉は料理好き?」
「嫌いではないけど、好きと言えるほど上手ではないですね」
「ふーん。すごくおいしいのに、上手じゃないんだ?」
 優輝は私を横目に見ながら食事を再開する。
 どうやら彼は私の料理を褒めているらしい。そう気がついた途端、私の心の中が騒がしくなった。ついでに頬まで勝手に熱くなっている。
「いや、あの、これ、別に難しい料理じゃないんで……」
「いつも自分で作るんだ?」
「ええ。優輝は料理しないんですね」
 そう、実際キッチンに立って気がついたのだけど、料理をした痕跡がほとんどないのだ。優輝はもちろん、私の姉も料理を一切していなかったらしい。そういえば姉はみそ汁すらまともに調理できないと自ら豪語していたかも。自慢げに言うようなことではないのに。
「しない。面倒だし、自分で作るメシはおいしくない」
「ということは、作ったことはある?」
「昔、他に作る人間がいないから、仕方なく作っていたことはある」
 優輝は目を細めて渋い表情を作ると、小さくため息をついた。
 私はその横顔を食い入るように見つめた。というのも、優輝の過去や出自は公表されておらず、それが彼を一層ミステリアスな存在に仕立てているからだ。
 その優輝本人が自らの過去に触れるなんて、めったにないチャンス。できればもう少し昔の話を聞いてみたいと思い、懸命に言葉を探したが、糸口をつかめないうちに「ごちそうさま」と言われてしまう。
「何がいい?」
 唐突に問われ、優輝に探りを入れることばかり考えていた私は面食らった。
「えっ?」
「メシのお礼」
「いえいえ、礼には及びません」
「未莉は欲がないな。『さっきの続き』っていうのもアリだけど」
 な、何を言い出すんだ、この男は!
 私が目を剥いて反撃しようとすると、それを見透かしたように優輝は頬に余裕の笑みを浮かべた。
「ああ、俺、悪趣味だから」
「は?」
「さっき未莉が言っただろ。『からかっておもしろがるなんて悪趣味』って」
 ええ、確かに言いましたとも!
 しかし私をからかっておもしろがっていると認めてもらったところで、全然嬉しくない。そもそもそんなこと、胸を張って言うことじゃないし。
 でも——。
「まぁ、私が新居に移るまでせいぜい楽しんでください」
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