どうしてほしいの、この僕に
 ぶっきらぼうな声が聞こえてきた。見ると守岡優輝は指で何かをつまむようなしぐさをしている。いうなれば汚い靴下をつまみあげるような感じ……。かわいそうに、ヒロイン候補の1番さんは完全に硬直してしまった。その驚いた表情が計算された演技なら審査員を唸らせただろう。でも30秒以上もそのままでいるところを見ると、調子が狂って棒立ちになったとしか考えられない。
 残りのヒロイン候補者の間に戦慄が走った。明日香さんはかわいい顔を曇らせ、膝の上で両手をぎゅっと握りしめている。これってつまり、守岡優輝の出方によって瞬時に芝居を組み立てなければならないわけで、5分かけて考えたことはすべて水の泡。
 ひどい。そう思って守岡優輝を見ると、反応のない1番さんを困ったように下から覗き込んだ。その様子が面倒見のよい兄みたいに見えて、あっ、と声をあげそうになる。
「ごめん。こういうの、嫌だった?」
「え、いや、そんなことは……」
 パンパンと手を鳴らす音が室内に響いた。
「はい、おつかれさまでした。では2番のかた、前へどうぞ」
 西永さんの言葉でまたしても戦慄が走る。1番さんは最後まで芝居をさせてもらえずに試験終了となったのだ。
 緊張で胃がキリキリと痛む。ここで上手くやれなかったらきっと女優の夢は二度と近づけないところまで遠のいてしまう。そんなの嫌だ。でも自信がない。どうすればいいのだろう。お願い……だれか助けて!
 案の定、守岡優輝は毎回違うプレゼントを準備していた。ただ持っているしぐさだけで大きさや内容がなんとなく伝わってくるから不思議だ。そこにないものがあるように見える。これこそが本当の演技力なのだろう。
 明日香さんは最後の「ありがとう」までたどり着いたものの、セリフが棒読みだった。それでも守岡優輝は口元に優しい兄貴っぽい穏やかな微笑みをたたえて明日香さんを見送る。相手がどんな状況だろうと演技に入ったら最後、彼はどこまでもやり通す気らしい。
「では7番のかた、前へ」
「はい」
 ここまで来たらもうためらっている場合ではない。イチかバチか、やってみるしかない。
 椅子から立ち上がり守岡優輝の前に進んだ。足がすくむけれども、視線は自然と向かい側に立つ彼へと吸い込まれる。
「ほら、これ」
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