どうしてほしいの、この僕に
 向かい側で優輝がフッと笑った。急に肘をつき、自らの拳の上に形のよいあごをのせる。
「僕にだって大事なものはある。それがあまりにもきらきらしていて、かわいくて、けなげだから、世界中の人間に見せびらかしたいと思う反面、ずっと誰の目にも触れないところに置いておきたい気もする」
 一瞬、私も柚鈴も何も言えなくなった。私にいたっては皿に箸を伸ばしたまま、優輝の陶然とした表情から目を離せなくなっていた。
 先にほうっと息を吐いたのは柚鈴だった。
「そりゃ、すごい弱みだ。どんなものか、ちょっと見てみたいな」
 優輝は頬杖をついたまま、儚げな笑みを浮かべ、ゆっくりと瞬きを繰り返していた。

 食事を終えると、優輝は高木さんに車で迎えに来てくれるよう電話で頼んだ。
 どうやら優輝は近頃スクープ記事を売りにするライターに追われているらしい。それで厳戒モードで外出せざるをえないのだとか。
 明日香との熱愛報道も、たまたま一緒にいるところを写真に撮られただけで事実無根だ、と優輝はつまらなさそうに説明した。
 プライベートすら見張られているなんて、想像するだけでもうっとうしいのに、優輝は感情の波を荒げるわけでもなく、まるで他人事のような口調で語る。それが妙に心に引っかかって私はさっき聞いた脅迫状のことを考えずにはいられなかった。
「でもさ、姫野明日香が持ち上げられている現状には、ホント納得いかないよ。別に演技がうまいわけでもないし、顔だってそんなにかわいいわけじゃないし」
 柚鈴が持ち前の歯に衣を着せぬトークを展開し始めた。それを少しハラハラしながら聞いていると、私のすぐ隣で突然バンと激しい音が鳴った。
「守岡くんは知らないだろうけど、昔、未莉が表紙を飾った雑誌はめちゃくちゃ売れて、問い合わせ殺到! すごかったんだよ、この子」
「えっ、いや、それかなり昔の話で、今はもう誰も覚えていないし……」
 焦った。ここでいきなり私の話題になるとは思っていなかったのだ。おいそれと引っ越しもできないような貧乏人と露呈している私が、優輝の前で過去の自慢など恥さらしなだけ。肩をすぼめて小さくなるしかない。
「あんなことさえなければ、今ごろ未莉はきっと私なんかよりずっと活躍して……」
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