どうしてほしいの、この僕に
『もちろん。西永さんなら間違いなく未莉をきれいに撮ってくれるもの』
 ん? どういう意味だろう。そう考えながら優輝を見上げると、なぜか私を睨みつけてきた。
「なるほど。用件がそれだけなら切ります」
 優輝は姉の答えを待たずに通話を終了させ、私に携帯電話を差し出した。その淀みない動作に唖然としたが、携帯電話を受け取った私はまたしゃがみ込む。なんとなく携帯電話はかばんにしまったほうがいいような気がしたのだ。
 それからのろのろと立ち上がって、優輝の胸元に視線をさまよわせた。
「ええっと」
 なんの話だったかな。——なんて、とぼけても無駄だとわかっているけど、姉から電話が来る前と空気が一変してしまった。こういうときはどうすればいいんでしょう。気まずいこと、この上ないのですが。
「仕事決まりそうだって。よかったな」
 そっけなく言った優輝の顔を見て、背筋が凍りつく。うっすらと笑みを浮かべているものの、微塵も『よかった』とは思っていない冷たい目つきで私をじっと観察しているのだ。
「ど、どうかな。まだ決定じゃないし」
「顔を売るいい機会だからがんばれよ」
「ちっとも心がこもっていない気がするんですけど」
 思い切ってそう言うと、優輝は笑みを消し、私からわざとらしく目をそらした。
「鈍感もここまで来ると罪だな」
「は?」
「なんでもない」
 いったいなんなんだ。私のどこが鈍感だというのか。
 それに優輝は私の女優になる夢を応援してくれていると思っていたのに、仕事のオファーを喜んでいないどころか、今にも「そんな仕事やめておけ」と言い出しそうな表情をしていてわけがわからない。
 西永さんの名前が出てきたから?
 まぁ、あの人はお酒が入ると絡みぐせがあるみたいで、それはちょっと迷惑だけど、仕事に関しては優輝も西永さんの腕を信頼しているはず。だから一緒に組むことが多いのでしょう?
「姉は、西永さんなら私をきれいに撮ってくれると言っていたけど、それってどういう意味?」
「そのままの意味だろうな」
 優輝は突然私の髪に手を伸ばした。ひと掴みしたかと思うと軽く握って引っ張る。途端に私の心臓がドキドキと高鳴り始めた。それを悟られないように怪訝な表情で優輝を見つめる。
「西永さんは俺みたいな男より、女性をきれいに撮ることに定評がある。つまりその女性の一番魅力的な部分を引き出すのがうまいんだ」
< 81 / 232 >

この作品をシェア

pagetop