どうしてほしいの、この僕に
「そうよね。西永さんにも気に入られて、未莉さんは本当にラッキーだわ」
 ん?
 言外に「笑顔も作れないくせに」というニュアンスを察知したのは、ただの勘違い……だよね。他人の善意を素直に受け取れない私の悪いくせが出てしまったかな。
 とはいえ、なんだかうすら寒い心地だった。早く姉のもとに戻ったほうがいいと本能が訴えてくる。もしかすると竹森さんとは微妙に波長が合わないのかもしれない。
 かばんからハンカチを取り出して、用事が済んだことをアピールしてみる。
「えっと、姉を待たせているので失礼します。今日はありがとうございました」
「あ、引き留めてしまってごめんなさい。これからよろしくお願いします」
 愛想よく笑う竹森さんに軽くお辞儀をしてトイレを出る。姉の姿を見つけた途端、胸の奥が暖かくなり、無意識にほうっと大きな息を吐いた。

 西永さんのオフィスから出ると、ビルの前で高木さんが私たち姉妹を待っていた。もちろん彼の後ろにはいつもの黒い車。どうやら姉が呼んだらしい。
「お疲れさま」
 姉は高木さんに軽く手を上げると、当たり前のように助手席に乗り込む。高木さんは後部座席のドアを開け、私に「乗って」と言った。
「えっ……」
 車内の様子に思わず絶句する。
 いきなりだらしなく投げ出された足が目に飛び込んできたのだ。どうやら先客が奥のシートを倒して寝ているらしい。
「アイツのことは気にしなくていいから」
 そう言って高木さんは運転席のほうへ回る。
 気にしなくていい、と言われても、隣の席を気にしないわけにはいかない。その人が目を閉じているのを確認し、おそるおそるシートに腰かけた。
 すぐに車は発進する。ほどなくして車内に緊張感のない電子音が流れた。きょろきょろして発信源を探していると、隣の席で寝ていた人がズボンのポケットから携帯電話を取り出した。
『おっはようございまーす。明日香でーす。優輝さまぁ、これから一緒にご飯食べませんか?』
 優輝さま——!?
 この甘ったるい声の主は姫野明日香なのか。私は驚いて隣に寝そべっている優輝を見た。
 明日香の声は前の列にも届いたらしく、姉と高木さんが揃ってクスクスと笑い始めた。
「食べない」
 短い返答の後、通話はあっさりと終了した。
 眠そうな目でぼんやりと車の天井を見つめていた優輝が、不意に私のほうを向く。
「おやすみ」
「は?」
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