どうしてほしいの、この僕に
「私、高木くんと一緒にいるの」
「……え?」
「今の私の帰る家は高木くんのところ、ってこと」
「あ……そう。……って、えええええ!?」
 自分でも驚くほどの大きな声が出た。いや、なんていうか、想定外だったので。
 でも言われてみると納得できることがたくさんある。
 さっき迷わず助手席に座った姉の態度。あれは恋人なら当然だよね。
 それに高木さんはオーディション翌日、西永さんに呼び出された私を絶妙なタイミングで迎えに来てくれた。あれも確か姉の指図だったし。
 そして火事で焼け出された翌朝、朝食や衣類の差し入れを持ってきた彼は、予告なしに姉のマンションの鍵を開けたのだ。ものすごく驚いて隠れようとしたけど、それってなんの意味もないことだったのね。
 確かに優輝のマネージャーなのに姉の使い走りまでする高木さんは少し不思議な存在だった。でもそんな疑問を溶かしてしまうほど、高木さんはごく当たり前にそれらをこなしていた。なるほど、姉の恋人が務まるわけだ。
 とはいえ、私はふたりが一緒にいるところを見るのは今日がはじめてだし、どんなに敏感な人でも、いきなりふたりが恋人関係だと見抜けるはずないと思うのだけど。
「今日は久しぶりにふたりの時間を楽しむらしいよ」
 優輝が頬杖をついたまま私のほうを向いた。見つめられてなぜかドキッとする。
「そ、そうなんだ」
「だからみんなで食事をするのはまた今度にしよう」
 目を細めた彼の頬に微笑が浮かぶ。いつもより優しい声が私の胸にスッと入ってきた。
「うん」
 このやり取りを姉に冷やかされるかと思ったけど、前の席から聞こえてきたのは予想外のセリフで——。
「そうね。近いうちに」
 それは母にそっくりの声音だったから、私は不意に泣きたくなった。

 しかし考えてみれば、私が優輝のところへ転がり込んでからまだ2週間も経っていないというのだから、人生何が起きるかわからないし、起こったできごと次第でその後の生活が一変してしまうこともあるのだ、としみじみ思う。
「ピザか」
 エレベーター内で優輝がぽつりとつぶやいた。どうやら今夜はピザの気分ではないらしい。
「何か作りますよ」
 買い物をしていないから食材は心もとないけど、いざというときの冷凍食品もあるし、今晩の夕食くらいならなんとかなる。
「じゃあ頼む」
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