伯爵と雇われ花嫁の偽装婚約
「これから二人で外出して誰かに会うこともあるだろうし、舞踏会に呼ばれてダンスが出来ないでは、困る。語学や教養分野は、とりあえず後回しでいい」

「はい、かしこまりました」

ライルはクレアにではなく、ローランドに向かって指示を飛ばしている。

家庭教師……? 私に……?

自分を置いてきぼりの展開に、クレアは着席しながら思わずライルの袖を引っ張った。

「ライル様、私、そんなに覚えられるか、自信が無いんですけど……っ」

「自信が無くても、君にはやってもらうよ」

「……え……」

「愛する俺のために、何でもすると言ってくれただろう?」

「……っ」

愛するとか言ってません!と叫ぼうとして、ハッと口元を押さえた。

もしかして、今この瞬間から婚約者のフリをしなければならないのか。

そして、ライルは優しい口調なのに、なぜか反論出来ない空気にクレアは臆した。代わりに、そんなの聞いてない、と首を小さく振りながら目で訴えると、

「大丈夫だ。君は俺が見込んだ女性だから」

と、ライルに頭を撫でられてしまった。その手の感触が心地よくて、不本意だが抗議する気持ちが次第に溶けて無くなっていく。



「……はい……頑張ります……」

小さく言うと、ライルの唇が笑みを刻んだ。



クレアは思った。

ああ、もしかしたら、優しい魔力を持つこの青年に自分は捕まってしまったのかもしれない、と。


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