この想いが届くまで
◇ 3 ◇

01 待ち焦がれた着信

 西崎が社長室のソファに座って大量の資料を手にタブレットに目を向けているとスマホの通知音が鳴った。
 一息ついて受信したメッセージを開くと、扉のノック音が響いた。
「社長、失礼します」
 部屋に入ってきたのは秘書の百瀬だった。
「あぁ、ちょうどよかった。金曜日の夜ってなにか予定入っていたっけ?」
「金曜は社内会議が入っております」
「そうか」
「調整いたしましょうか?」
「いや」
 西崎はスマホをテーブルに置いて隣に立つ百瀬を見上げた。
「S社の星名社長。先週会食で会ったばかりなのにまた食事に行こうって。今度は二人で」
「それは仕事の話ですか?」
「次は仕事の話は抜きで、って言ってたな」
「相変わらずおモテになりますね」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
 百瀬は元々西崎の祖母の部下として付いていた人物で、西崎のことは彼が子供の頃から知っている。そのため遠慮のない物言いも百瀬だからこそ出来、西崎も社内でありのままに過ごせる数少ない人物だ。
「星名様は確か社長より三つ年上で離婚歴ありのバツイチ。仕事に対する姿勢は相手にも自分にも厳しく、一代で成功を収めたやり手。お相手として不足ないかと」
「なんの相手かな」
「そろそろ良いお相手を探してもよろしいのではないでしょうか。こういった煩わしい誘いもなくなるでしょうし、結婚は人間的に成長もできると言われています」
「煩わしいと思っている相手との結婚を勧めるのか、百瀬は」
「……失礼しました」
 二人そろって口元に小さな笑みを浮かべると、西崎は百瀬が両手で大事そうに持つ箱について尋ねた。
「それ、何を持っているんだ?」
「そうでした。こちらを社長に届けに参りました」
 無地のベージュ、紙製のギフトボックスのような箱だ。百瀬は箱をテーブルの上に置いた。
「陽菜様のご家族からです。遺品、でしょうか。そちらに入っているものはぜひあなたに持っていてもらいたいものだそうです」
 西崎はただじっと箱を見つめている。
「何か……俺が贈ったもの、だろうか」
「さぁ。中身は私は見ていません」
 手を伸ばそうとしない西崎に百瀬が気遣って言う。
「ご自宅にお届けしておきましょうか」
「……あぁ。そうしてくれ」
「かしこまりました」
 そう言って、百瀬は再び箱を両手で大事そうに持って社長室を出ていった。
 西崎は小さなため息をつくと立ち上がり、気分転換でもしようと少し早めの昼休憩に外へ出た。
 あなたに持っていて欲しい遺品ですと突然渡されても、今はとても中身を見る気にはなれなかった。
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