この想いが届くまで
◇5◇

01 一か月ぶり1

 蒸し暑い夏の午後、未央は息を切らして友人の志津加と待ち合わせをしている和食レストランへとやってきた。
「ごめーん! ちょっと会社寄ってたら遅れちゃった」
「休日に? 大変だね」
「昨日バタバタしてて忘れ物しちゃってさ」
「なんだ、忘れ物か。でも相変わらず忙しそうだね」
「もー……部屋の片付けも全然終わってなくて、ダンボールがまだ片付かないまま一か月経っちゃったよぉ」
「いつ新居に招待してくれるの?」
「もうちょっと待って……!」
 未央は梅雨の終わり頃に新しい部屋へと引っ越したが、同時に仕事が忙しくなり多忙な日々を過ごしていた。
 乾いた喉をグラスに入った水を半分飲んで潤し、未央はようやく落ち着いた様子で志津加と向き合う。
「家離れちゃったけど、今の方がよく会ってるね。毎回次の約束してさ」
「前はいつでも会えるしって約束とかあんまりしなかったもんね。ていうか家の片付けあるなら無理してこなくてもいいのに」
「いいの。週に一回友達と美味しいもの食べるこの時間が今の私には必要だから」
「彼氏はどうした? まだ会えてないの?」
「……とうとう会えないまま一か月経ってしまいました。私が悪いんだけど……引っ越しでバタバタして仕事でバタバタして……その前までは週1くらいは会えてはいたんだけど」
「今日は? 休みでしょ?」
「私は休みでも、向こうはそうはいかないよ」
「ふーん。今メッセージ送りなよ。今夜会いたいですって」
「会うたび毎回それ言ってくるのやめてくれる?」
 笑いながら未央はメニュー表を手に取って、二つあるうちの一つを志津加に渡す。
「いいの。ちゃんと連絡は取りあってるし、声も聞けてるし」
「のろけないでくれる?」
 今度は志津加が笑いながら言うと、「決めた? 呼ぶよ?」と席に置かれた定員呼び出しボタンを押した。

 豆腐メインのヘルシーなランチセットと、デザートとコーヒーまでしっかり食べて大満足のランチを済ませ、少し街をブラブラと歩いて、これから別の予定があるという志津加と次の約束をして別れた。一人になった未央は今日こそは部屋の片付けを終わらせようと真っ直ぐに帰宅の路につくため駅へと向かった。
 改札を通り、休日で賑わう人の波を避けながらホームへと向かっていると、向かいから自分とは逆で列車を降り改札へ向かう多くの人が向かってくる。その中の一人の人物が目にとまって思わず足が止まってしまった。
(髪長くなってる。伸ばしたんだ)
 髪型が変わっていても歩き方やしぐさ、シルエットですぐに分かる。理沙だった。
 一瞬目があった気がして、すぐに視線を外した。それでも未央は足を進めた。背筋を伸ばしてまっすぐに前を向いて、理沙の横を通り過ぎた。
 今度はもう、逃げなかった。ただそれだけことなのに、未央はほっとして鬱屈した気持ちが晴れたように心が弾む。そのまま足を進めていると背後から理沙の声が響いた。
「未央……!」
 理沙が自分の名前を呼んだ。そうはっきり頭では理解していたけど未央が立ち止まって振り返ることはなかった。

 未央は自宅に戻ってから何もする気が起きず、結局少しも片づけは進まないまま最低限の居住スペースとして確保した部屋の片隅でただじっと座って時間だけが過ぎていた。
 適当に夕飯を済ませ、お風呂に入ろうとしたところでスマホの着信音が鳴った。好きな人からの着信で未央は飛びついた。
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