ヤンキー上司との恋はお祭りの夜に
「蛍ちゃん!」


中年男性の声がした。
振り向いてみると、商品開発部の部長をしてる叔父さんがやって来る。


「おはようございます。部長」


頭を下げると「そうか」と言われた。


「そうだった。ここは会社だったね」


叔父は快活そうに笑い、「ちゃん付けで呼んではいけなかったね」と加えた。


「おはよう。乃坂くん」


言い直して照れる。
叔父さんも『乃坂』なんだから言いにくいのはわかるよ。


「同じビルで仕事してても滅多と会わないな。元気かい?」


たまに会うとこうして気にかけてくれる。
私に吃りグセがあるのを知ってて、人間関係がうまくいってるかを心配してくれているんだ。



「げげ、元気です!」


ほらもう緊張した。
変に気遣われる方が返って吃るなんて変なクセ。


「そうか良かった。何か困ってることがあれば相談しておいで」


そのセリフも入社して以来、何度聞いたか。


「だ、大丈夫!です!」


叔父と話してるところをチラチラと他の社員が気にかけていく。
そういう目立つ行動をして欲しくなくて、いつも足早に逃げてる。


「じゃじゃ、じゃあまた。し、失礼します!」


舌を噛みそうな「じゃあ」を繰り返して振り返ろうとした。


「あっ、蛍ちゃん」


叔父さん、その呼び方はナシだよ。


「何ですか?部長?」


部長の部分に力を込めて聞き返した。


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