いつもそれは突然で。

茜色の思い出

夏休みの補習ももう最終日となった。
今日が終われば明日はお祭りでその次の日からはちゃんとした夏休みだ。

私は今日は朝からうきうきしていた。
だって…。

久しぶりに先輩と登校できるから。

「澪」

「なにー」

「今日自転車乗っていくの」

「行かないよ。夏の後ろに乗るから」

「夏?」

「狐夏先輩」

「あー澪が4年も片思いしてる人ね」

「うん」「今日借りて行っていい?」

「いいよ」

お姉ちゃんに自転車の鍵を渡した。

≪プルルルル≫急に鳴るまたいつものメロディー。

「はい!おはようございます先輩!

」私と先輩はすっかり仲直りをしていた。
もうあの日のことなんてちっぽけなアクシデントにしかすぎなかった。

「おはよう、着いたよ」

先輩の少し眠そうな声。
その声につられて私も少し眠くなる。

電話を切って、急いで玄関を出た。
先輩は私にやさしく手を差し伸ばす。

「ん?」

「カバン」

「あ。はい」

なんでかまだ少し敬語が抜けない。

「おはよう、澪」

「おはよう、夏くん」

「なぁ」

「ん?」

「今日一緒に帰るか」

「じゃないと自転車お姉ちゃんが乗って行ってるから困りますね」

「じゃぁ5時に自転車置き場で待ってるからさ」

「うん」

「あ、教室にきて」

「わかりました」

「じゃ今日も出発?」

「進行―!!」

今日も私たちは今年の夏に生きる。
もう何回も見た夏の背中はいつ見ても大きく感じる。

「夏くん?」

「ん?」

「香水変えた?」

「あ、わかる?」

やっぱり。
だって私が好きって言ってた香水の匂いに変わってるんやもん。
わからへんはずないやろ。

私は夏の背中に抱き着こうとしたその時風でふわりと夏のシャツがめくれた。
私はなんか恥ずかしくて目をそらした。

そのとき見覚えのあるものを見た気がして視線を戻した。
そしたらやっぱり。

見覚えのある痣。

≪1099≫

まさか…身近にいるんだろうなってしてたけど
まさか先輩がそうだったなんて知らなかった。私は先輩の背中に抱き着いた。

怖くて。

怖くて。

失ってしまいそうで。

そして私は決めたんだ。


≪私が先輩を助けるんだ≫


て。

それを見てしまった瞬間1秒がまたスローモーションになった。

どこかで経験したようなこの感覚。
時間が止まったような。

いま聞こえてる街の音が他人事のような。
学校までが長く思えた。

なんでだ。

私の中で時間はゆっくりゆっくり過ぎていく

。いろんなことが怖く感じ始めた高校2年生の夏。
どこかでこの恋の終わりの音が聞こえた。

学校に到着して

「じゃ放課後5時に」

そういって別れた。
私は1度頷いてから先輩の後姿をただ見送ってた。

それから少しして私も教室に向かった。
いつものように明るく振りまく笑顔。

いつものように話す言葉接する態度。
でも自分の中で消えなかった。

いつまでもあの数字が。

≪1099≫

今日は好きな社会だけの日なのに全然勉強が手につかなかった。
思い出すたびに考えるたびに怖くて震えるところか怖くて身動きも取れなくなった。

「櫻井?」

先生の声にハッとする

「はい」

「大丈夫か」

「大丈夫です、少し体調崩してて」

そんな会話もどこか薄っぺらい
。今日は休み時間ずっと顔を伏せて寝ていた。

実際には寝ていない。

考えことをしていた。

これからのことじゃなくてずっと未来のこと。


≪先輩がいなくなったらどうしよう≫


って。
そしたら泣けてきて泣けてきて。

机の上にタオルを引いてその上に顔を伏せてたから
タオルは少しびしょびしょになった。

「みかちんごめん、ノート今日の範囲写真に撮って送ってほしい」

「どうしたの澪ちゃん」

みかちんの心配そうな視線がなんか今日は突き刺さる。
別にどうもしない。ただ怖いだけ。

「夏休み明けたら返してね」

みかちんは笑顔でそういってくれた。

「ありがとう」

そういって私は席に戻った。

午後4時50分私は屋上へ向かった。
私に残された数字は先輩より多い。

このまま何もしなければ先輩を助けられる可能性は0。
でもこのまま使ってれば先輩を助けられる可能性は100にならなくても50にはなるかもしれない。
うまくいけば99になるかもしれない。

私は懐中時計を開いてみた
。私の知らない間に少し進んでいる。

その懐中時計の残す時間は私にはわからない。

きっとここから飛び降りれば私は確実に死ぬ。
そう、それが交通事故を起こしたって言う前の私ならばの話。

でもいまの私は違う。
だから私は確信があった。

死なない。

「大丈夫」

そう言い聞かせて。

怖かった。
でもいまの私もこれからの私にとっても先輩を失うことの方が怖い。

私を強烈な痛みが襲う。
私は歯を食いしばってその痛みに耐える。

先輩を助けられるならそんな痛みも耐えられる。

恋の力ってすごい。
注射ですらダメな私なのに。

注射以上にいたいこんな痛みなんてことないなんて。

「ん…」

目を開けると私は教室にいた。
私は時計を見つめて突っ立ていた。

「澪ちゃん?」

「ん?」

「どうしたの?」

「ど、どうもしないよ。じゃぁまたあしたね」

私はそうやって急いで教室を出た。
きっとこれで先輩を救えるに少し近づいたはずだ。

3年生の教室を覗くと先輩方がわいわいしていた。

「あ。澪ちゃん!」

美沙先輩がこっちに手を振ってくれた。
私は小さく手を振り返す。

きょろきょろしても狐夏先輩の姿はなかった。
私はそのまま先輩たちのそばに行った。

「なに?今日は狐夏待ちか?」

「そうなんですけど…」

「狐夏ならいちごミルク買いに行っとるで」

「そうねんですか」
私は少しつまらなそうな顔をした。
待ってるからっていったくせに。

心の中でそんなことを呟いた。

そしたら秀先輩が

「なんやつまらなさそうやな」

ってくすくす笑った。
先輩は私の心の中でもお見通しなんですかね。

「だって…」

「澪ちゃんトランプ好き?」

私のそう問いかけてくる美沙先輩。

「はい!大好きですよ」

「何が得意?」

「大富豪が得意!」

「よしやろうか」

その場にいた先輩たちの中から4人と私で大富豪を始めたものの
緊張しすぎて頭が回らない。

「あれー?1番乗り」

美沙先輩が1番乗り。

私は狐夏先輩と1番仲がいいって言われてる先輩と一騎打ちになった。

「おい手加減してやれやぁ」

秀先輩の優しさとは裏腹にその先輩は

「やだ!」

って真剣そのもの。
私はことごとく負けてずっと大貧民から抜け出せず。

それからしばらくしてトランプゲームにみんな疲れて雑だをしていた。

その場にいた先輩とグループLINE作って
連絡先を交換して全然先輩と面識とか全くなかった
私のケータイの中には18人くらい先輩の連絡先が増えた。

いきなりにやにやしだす先輩方。私は?を頭の中にたくさん敷き詰めた。

「何してんの」

少し低い寂しそうな声。
私はすぐに誰の声か分かった。

だって大好きな人の声だから。
私は少し焦って立ち上がった。

「ひゅ…ぱい…」

驚きすぎてうまく話せない。

「なにしてたん?」

「まぁまぁ」

先輩の一人が日向先輩をなだめる。
私は先輩から視線が外せなかった。

だって初めて見た。
こんなにかわいい先輩の姿。

前髪をちょこんと結んで少し眠そうな顔。
そして目じりほんの少し泣きはらしたような跡。

そして不機嫌な態度と声。
わかる。

ずっと昔に見たことのある顔。

「先輩…」

「ん」

先輩の一言で差し出されたピンク色の紙パック。
私の初恋の味でした。

私は美沙先輩にいすを借りてその椅子の上に靴を脱いで立ち上がって左手を腰に。
先輩がくれたいちごミルクを高く掲げ

「いちごミルクおいしいですよ!!」

満面の笑みでそう叫んでみた。

「ぷっ…」

「なにそれ」

みんなが一斉に笑い出す。

私もなんか変な気がして笑いだす。

「澪ちゃん何それ」

「えっと、日向…」

私が話そうとすると日向先輩が急いで私を椅子からおろして
私の口を左手でおさえて右手で内緒って。

「お願い分かったからもうやめて」

って恥ずかしそうに顔を真っ赤にして。

夕日と同化しちゃうくらい真っ赤にして。
そんな先輩がまたかわいかった。

「な、帰ろ」

先輩はいちごみるくを一気に飲み干してそういう。

「はい!狐夏先輩」

私は満面の笑みで返事をする。

「澪ちゃんこれからデートですか?」

先輩の一人が冷やかして言う。
デートか。デートだったらいいのにな。

「違いますよ」

少し苦笑いで返事。

「じゃぁまた明日!」

「お先に失礼します!」
私は深々と1度頭を下げて教室を出て先輩の後ろを急いだ。

自転車置き場

「カバン乗せようか?」

先輩がいつものように私に手を差し出す。

「いや、今日はリュックだから平気ですよ?」

「ん。」

そういうと先輩は自転車にまたがって前を向く。
私は急いで自転車の特等席に乗り込む。

最近じゃ乗らない日のほうが珍しいけど

「あたりまえ」

に変わりつつあるけどでも私は全然当たり前なんて思ったことなくて
毎回毎回先輩の背中をぎゅってするたびに「特別」だって思う。

「じゃぁ澪行くで?」

「はーい!」

「出発?」

「進行―!」

いつもの掛け声で狐夏先輩の自転車は動き出す。
夏の街を自転車は颯爽と走り抜ける。
さっきまでいた学校は遠く。

「なぁ澪」

「ん?どうしたん夏くん」

「デートじゃ嫌か?」

…茜色に染まった街にまた少し止まった時間。
いまなんて言いました?

「澪?」

「…嫌って言ったらどうしますか」

「このまま引き返して帰るけど」

「じゃぁそのままでお願いします」

私は先輩の背中に顔をうずめて言うそのまま自転車は地元を少し離れたまちへ。

「夏!」

私は先輩の手を引いて走り出す。
ゲームセンターで見た大きいクマのぬいぐるみ。

「ほしいん?」

「ほしい」

じゃぁちょっと待ってや。

先輩はゲームセンターの中に消えて行った私はそのクマが取られないように
その台を見張ってた。

「ただいま」

帰ってきた先輩を見るとお財布がパンパンで。

「っしゃ!とるぞ!」

意外と真剣なのは先輩のほうで。
2000円ほどつぎ込んだくらいでそのクマのぬいぐるみはとれた。

「かぁーわーいい!!」

私は全力で先輩にお礼を言った。

それから小さいうさぎとかペンギンとかのぬいぐるみを
たくさん取ってくれてあんなにパンパンだったはずのお財布はすぐに元の形に戻った。

夜ご飯は先輩とカフェでパスタを食べた。

先輩は冷製パスタ。
私はクリーム系のパスタ。

先輩はアイスコーヒー
私はピーチスカッシュ。

「ほんまおいしそうに食うな」

先輩はうれしそうな顔をしてそういう。

先輩はデザートにアイスを食べた。
私はベリー系の少し甘酸っぱいケーキを食べた。

気づくと時間はもう夜の10時を差していた。

私と先輩は駅の近くに自転車を置いて二人で電車に乗って帰った。

終電近くの電車は人気が少なくて私たちが乗り来んだ車両は2人だけだった。

私はすごい眠くって先輩の方を借りて取ってもらった
大きなクマのぬいぐるみをだっこして眠った。

増えていく思い出。

増えていく先輩の写真。

シャッターを1度切るたびに濃くなっていく恐怖。

「来年の春には卒業しちゃうんだ」
そう思った。

駅を降りて家まで先輩が送ってくれた。

家までの旅路、星がすごい綺麗で

「明日は晴れますね」

そんな他愛もない話。

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