愛と音の花束を

花を活け終わると、奥の部屋に案内された。

和風建築に建て増しされたらしい、洋室。
歯医者側からは見えなかった。

那智がその部屋の電気を灯すと、

部屋の中央には、
カバーをかけられたグランドピアノが鎮座していた。

……すごい。
本格的にやるならアップライトじゃダメで、グランドピアノってきくけど、一般家庭にグランドピアノって……。

「本格的にやってたのは高校まで」

那智は鍵盤側のカバーをめくりながら言った。

前もって暖房をつけていたらしく、部屋はほんのり暖かかった。

「どうぞ」
と言われたので、ベンチタイプのピアノ椅子に並んで座る。

「大学と勤務先は東京の歯科大だったから、バイトやボランティアでピアノ弾けるところ探して、細々と続けてはいたんだ」

そっと鍵盤の蓋が開けられる。

「だけど、こっちだとなかなかなくて。ヴァイオリン始めたこともあって一時はほとんど弾いてなかったんだけど」

那智は鍵盤の上のフェルトを丁寧にたたみながら笑った。

「三神君に説得されたというか、そそのかされたというか」

……まったく、彼は。

「あの日、結婚式場に行ったのは、バイト探し」

そう言って那智が弾き始めたのは、

バッハの『主よ、人の望みの喜びよ』。

柔らかいタッチ。
澄んだ音色。
甘く、慈愛に満ちて……。

あ……!

あの日、結婚式場で珍しく流れてたピアノ曲……!
そういえばあの後、BGMなんて聴いてない。
あれは、那智のピアノだったんだ。
あそこにはさすがにグランドはないけど、電子ピアノならある。
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