カナリア

愛して8

一番遠い記憶は、

母親に愛される為にウソをついた事だ。


おれ自身は、母親の事は大嫌いだったが、
心にも思ってない綺麗な言葉を並べれば
母親の機嫌は少し良くなった。


暴言、暴力も減った。

調子も良さそうだ。


あからさまなウソは
余計怪しまれる事を知った。


それらしいウソの病気を仕立て上げれば、暴力痕も余り怪しまれなくなった。

もとより痛覚が人より少ない為にケガをしやすい、とでも言っておけば潜りぬけられた。


父方の方に引き取られて、新しい家族の下、ウソをつく必要もなくなった。


そうして母親が死んで、

おれは《おれ》達は

散り散りに分かれてしまった。


今の5人、として落ち着くまでの数ヶ月はひどい物だった。


色んな人格が、表に出ては暴れて、更に無い居場所を削っていった。


カラスの管理の元、

やっと5人に落ち着いた頃には

家に居場所はなかった。



何とかしなくては、と思った。

そこで寮の存在を知って必死に勉強した。


思ったより小学校の勉強は簡単で、授業の話を聞いていればすぐ満点をとれる。


そこで褒められてしまったものだから、色んな物に手を出してしまった。


それからは図書館をはじめ、本屋にいって参考書などを眺めるようになった。



ウソをつくために、

沢山の事を覚えなければいけなかった。


たとえば、何を言って殴られたか、
今日は給料日だから少し機嫌がいいいだろうとか、そんな些細な事を一つ一つを覚えていく。

生きるべく、あらゆる危険から回避する為。


その結果、おれという人格は、記憶力に特化した物へと変わっていった。


応用は効かないが、意識すれば、あますところなく脳に焼き付ける事ができた。頭の中に、自在に検索可能な辞書がある感じだ。


ただこの時に、もっと感受性を詰め込めばよかったなとは思う。


おれの頭の辞書は、

今となっては必要のない参考書ばかりだ。

世の中の受験生は大変だろうな。
と勝手に思っていた。


そうしておれは結果いい学校に入れたし、奨学金をもらう事も容易だった。


成績がいいと、風当たりは大きく変わるもので、居心地の悪かったはずの学校も卒業する頃には、自分の庭のようなものだった。



人好きなセイのおかげで人付き合いには困らなかった。

美術や家庭科はカラスが得意だ。

運動は岡目が担えば運動部顔負けだ。

やっかむ面倒な奴らは
木場が何とかしてくれた。

おれは、勉強で信頼を勝ち取っていけばいい。




最強だった。

最強だと思っていた。



高校2年の時。

学園祭、修学旅行、ビックリするくらい簡単に、一通り行事を済ませた。



しかしその後に出された一枚の用紙は、

俺達に目の前の現実をたたきつける。



進路希望について。



なんとかなっていたし、

これからもきっとなんとかなるだろう、

と思っていた。
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