桜の花びら、舞い降りた
遠い記憶


翌週の週末。
圭吾さんと私は、俊さんの個展を見に行くためにアトリエから出掛けた。

俊さんの手書きのメモによると、それは【春風閣】という老舗のホテルで行なわれるらしい。
中に入ったことはないけれど、アトリエからは歩いて三十分ほどの距離だ。

今朝も起きたときから雪が降っている。
静かな一日になりそうだった。

キュッキュッと積もった雪を踏みしめながら、圭吾さんと並んで歩く。
圭吾さんは俊さんから借りた紺色の傘を、私は真っ赤な傘を差していた。
ぼた雪のせいか、降り積もった雪で傘がすぐに重くなる。
傘を傾けることで何度となくそれを払いながら、私たちは目的地にたどり着いた。

地上三階建ての純和風のつくり。
ホテルにしては低い佇まいは、雪の白と外壁のダークブラウンとのコントラストで重厚さを醸し出していた。
エントランスの脇には、“三井俊行 光と色の水彩画展”と看板が立てかけてある。


「ここって……」


いざ足を踏み入れようと傘を畳んだところで、圭吾さんが立ち止まる。
彼を見てみれば、ホテルの出入口を凝視してなにか耽っているように見えた。


「圭吾さん、どうしたの?」

「……ここ、なんていうホテル?」

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