桜の花びら、舞い降りた

◇◇◇

翌日の学校帰り、アトリエに行ってみた。
もしかしたら、圭吾さんがひょっこり戻っているかもしれない。
そんな儚い望みを捨てきれていないことに、自分自身でも辟易した。
橋から元の世界へ戻ったのを見届けておきながら。


「ただいま」


いつものように声を掛けながらドアを開ける。
けれど、その先にいたのは俊さんひとりだった。


「ここは亜子の家か」


俊さんが毒づく。


「ありがたい?」

「なーに言ってんだ。ありがた迷惑って言葉を知らないのか。これだからガキンチョは……」


ぶつぶつと私に対する文句が続く。

アトリエ内を見渡してみれば、圭吾さんが忘れて行ったタキシードが壁に掛けられたままになっていた。
本当の本当に、圭吾さんはいなくなってしまったのだ。

でも、無事に元の世界に戻れたのだろうか。
まったく別のところへ行ってしまって、困ったりしていないだろうか。

そんなことを毎日ぼんやりと考えることが多かった。

圭吾さんが私の前からいなくなった日を境に、あの不思議な夢は見なくなっていた。
それは、私が美由紀さんの生まれ変わりだということを裏付けるような事象だと思えてならない。

深く結び付きのあった圭吾さんが目の前に現れたからこそ見た夢だと。
その彼が再び遠く離れてしまったことで意識が呼び合えなくなり、夢も見なくなってしまった。

美由紀さんの生まれ変わりだということに反発していた最初の頃が嘘のように、今は自然と受け入れられるようになっていた。

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