クールな御曹司と愛され政略結婚
「なんでもないです」とごまかして、私はメニューを眺めた。

基本的に無精な灯は、なにを食べるか考えるのに頭や時間を使うのを面倒がるので、たいていコースだ。

今日もそれでいいか聞くと、予想通り、ワインリストに目を落としたまま「いい」と無頓着にうなずいた。



「ごちそうさせていただきますので、好きなの選んでね」

「人の金だと思うと、リストを下から見たくなるよな」

「待って、加減して」



ここは一本数万円のワインもリストに並んでいるくらいのお店だ。

払えないことはないけれど、あんまりおおらかにやられるのも困る。

慌ててけん制すると、「見てるだけ」と灯が悪びれずに笑った。


今日は灯の誕生日だ。

ついに30歳。


短期間ながら死力を尽くしたコンペのあっけない幕引きから一週間が経過し、肉体的な疲労も回復したところだ。

コンペの後、帰ってすぐ気絶するように眠りに落ちた灯は、水分補給とトイレに二回ほど目を覚ましただけで、翌日いっぱい寝ていた。

金曜日である今日は、灯が早めに帰り、私が残務処理をしてから追いかけた形だ。

こういう場所へはそれなりの装いで、という小さいころからの刷り込みに従い、家に帰って着替えてから来たら、やっぱり灯も同じだった。



「もうお盆だね」

「また撮影だな、まあ今回はお前もいるし、ちょっとは楽か…」



運ばれてきた食事に手をつけながら、灯がくたびれたため息をつく。

来週から、今度はふたりともニュージーランドに行くのだ。



「今年は寒いらしくて、雪は問題ないって」

「よかった、けっこうぎりぎりだったもんな」



雪景色が欲しくて決めた撮影地だ。

近年は映画などのロケ地としてもよく使われるため、機材やスタッフがそろえやすい国なのもありがたい。
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