クールな御曹司と愛され政略結婚
「そういえば、あえて言わずにいたんだけど、玄関、気がついた?」

「玄関?」



姉にもらった壁紙でアレンジしたことを伝えると、「言われてみれば、なにか違う気がした」という手ごたえのない答えが返ってくる。

映像制作においては、どんな甘さも見逃さない鋭い目を持っているくせに、日常生活ではこれなのか、とあきれた。



「男が細かいところに気づかないから、主婦がやる気をなくすんだよ」

「肝に銘じとく」



そんな感じに、仕事とプライベートを行き来する話題を楽しみながら、旬の素材と王道の味つけの料理を堪能した。

質のいいスーツに身を包んだ灯が、慣れた振る舞いでフレンチを楽しむ姿を眺めているのは、それだけで気持ちがいい。

仕草は上品だけれど食べっぷりはよく、魚も肉もぺろりだ。

私は肉料理だけのコースで精一杯。



「はい、お誕生日おめでとう」



食後のコーヒーが運ばれてきたところで、私は包みをテーブルに置いた。

なにを選んだのかまったく教えていなかったので、灯が探るように口の端を上げて、目を合わせながら手を伸ばす。

そこそこ自信のあった私は、さあ開けてみて、と余裕の仕草で促した。

包装を解き、箱を開けた瞬間、「あ!」と灯が嬉しそうな声をあげる。



「リサーチしたな」

「もちろん」



手に取って、満足げに眺めているのは、黒い革の二つ折りの財布だ。

なにを贈るか、少し前から悩んでいた私は、灯の周囲の人たちにも声をかけて、探ってもらっていた。

先日『今は財布が欲しいそうです』と情報をくれたのは木場くんだ。



『でも、灯のお財布って、別に古くないよね?』

『社長と丸かぶりしたんですって』

『それは替えたいわ』

『新しいの買ったら、今のは俺にくれるって約束なんで、はい決定、財布!』



別に木場くんに今のをあげようとしたわけではないけれど、いつも身に着けていてもらえるものだし、質を追求すれば30歳という節目の誕生日にふさわしいレベルの品物もあるしと思い、決めた。
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