クールな御曹司と愛され政略結婚
『ジャージ持ってきたか』

『うん』



校門の横で、スカートの下にジャージを履き、ヘルメットをかぶせてもらって、灯の後ろに乗った。

ずっと興味があったのに、危ないからと灯はなかなか私を乗せてくれなかった。

彼女を乗せているのは、何度か見ていた。

もしかしたら今日は、私を彼女扱いしてくれるということなのかもしれない。

そう思うと誇らしくて、灯の身体に回した腕に力をこめた。


このとき灯が着ていた、デニムのジャケットの感触は、今でも手に残っている。

そして肝心の初体験のほうは、実はよく覚えていない。


電気を消した灯の部屋は、明るい色のカーテン越しに初夏の夕方の日差しが差し込んで、家具や灯の身体を薄い影に染めていた。

灯がTシャツを脱いだので、私も制服を脱ぎだしたら、『それは俺がやるから』と慌てて止められたのが、始まる前の唯一のはっきりした記憶。


たぶん私は、びっくりしてしまったのだ。

あちこちから仕入れた浅い知識をつなぎ合わせて、女に困ったことのない男にとって、こんなのは用を足すのとそう変わらないくらいのことかと思っていた。

実際、そういう感覚の男の人もいるだろう、きっと。


でも灯は、なんの経験もない私ですらわかるくらい、私を大事にした。

こういう行為を、"肌を合わせる"と表現する理由がわかった。

なにも身に着けず、裸で抱き合うということが、どれだけお互いの距離を近くするか、ガツンと殴られたような衝撃と共に、わからされたのだ。


『痛くないか?』『大丈夫?』そんな声をかけてくれていたのも途中までで、灯はだんだんしゃべらなくなってしまった。

私はその理由がわからなくて、静かな部屋に、灯の呼吸と、肌やシーツのこすれ合う音だけが響くのが、なんだかできすぎているように思えて、居心地が悪くて、やっぱり自分にはまだ早かったんじゃないかと考えたりした。


最中の記憶はこんなふうに、曖昧だったり断片的だったりで、おぼつかない。

終わった瞬間、灯は、はあっと肩の荷が下りたような息を漏らして、『はい、おしまい』と照れくさそうに笑った。


今思えばこのときの彼は、兄心と男心の狭間で、さぞ葛藤していたに違いない。

私がなんの気なしに『できるわけないって言ってたけど、できたね』と言ったら、泣きそうな顔になっていた理由も今ならわかる。


事後の記憶は、けっこうあるのだ。

デニムに足を通しながら『なんか食いに行く?』と尋ねた灯。

ベッドサイドに手を伸ばして、赤い丸のついた箱から煙草を取り出した灯。
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