クールな御曹司と愛され政略結婚
拾う体力も小言を言う気力もなく、私も隣に潜り込んだ。

こちらに身体を向けて横になっていた灯が、目を開ける。



「今思い出した」

「なに?」

「この家、書斎あるよな?」



仕事はそこですればよかったんじゃないかと言う灯に、回らない頭で考えて、その通りだと思い至った。

決して広くない部屋だけれど、たっぷりしたサイズのデスクを置いているのだ。



「慣れないね」

「まさしくな」



灯の腕が、私を抱き寄せた。

眠そうな緩慢な動きで、よしよしと頭を叩き、ため息をつく。



「…夫としての」

「務めとかいいから。とにかく寝て」

「ごめん」



謝るほどのこと? と聞く前に、寝息が聞こえてきた。

温かい灯の胸に抱かれて、すうすうと安らかなそれを聞く。

そろりと向こうの身体に腕を回して抱きついてみると、お返しのように、私を抱く灯の腕に力がこもった。


ああ、これはいいな、と思った。

正直、この人が夫ですなんて、まだまったく思えていないけれど。

この距離は、すごくいい。


私にだけ特別優しい、幼なじみの灯お兄ちゃん。

素肌から灯の匂いがする。


私は安心して、すると急に、指一本すら億劫で動かせないような眠気に身体を侵食され、吸い込まれるように温かな眠りに落ちた。

これが記念すべき、私たちの第一夜。



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