クールな御曹司と愛され政略結婚
「虫よけまきますよー」



ひと抱えはある噴霧用ポンプをシュッシュッと鳴らして、木場くんがやってきた。

ここは山間にある開けた草地で、当然ながら、蚊がワンワン言っている。

すでに何か所か咬まれた私は、重点的に手足にスプレーしてもらった。



「灯さん、佐鳥さんと同室でも別によかったですよね?」

「なんの話だ?」



灯にもスプレーしながら、木場くんがわざとらしく愚痴る。

「こら、ちょっと!」と慌てて止めようとしたけれど無駄だった。



「今回のホテルです、クライアントさんのためにも経費削減しようと思ったのに、佐鳥さんが別の部屋じゃなきゃダメって」

「そりゃそうだろ」

「えー、夫婦なのに?」

「夫婦だからだ」



灯がきっぱり否定してくれたことで気をよくし、ほらほら!と木場くんに言ってやろうとした私は、続くやりとりに、口が開きっぱなしになった。



「俺と唯が同室だったら、お前ら絶対聞き耳立てるだろ?」

「えー…まあ、いいじゃないすか、減るもんじゃなし」

「減らないが、困る」

「やっぱ奥さんの声他人に聞かせるの、嫌なもんですか」



ねえ待って待って、なんの話。

私に向かってにやにやしながら灯にすり寄る木場くんに、「聞かせてやるのはやぶさかでないが」と灯はとんでもないことを言い、にやりと笑い返した。



「聞いたらたぶん、俺に抱かれたいって奴が出てくる」



「きゃあー!」と女子みたいな喜び方をして、木場くんはほかのスタッフのところに駆け戻っていってしまった。

ファンか!


灯がくっくっとおかしそうに笑いながらそれを見送っている。

ふと私を見ると、いきなりべたっとほっぺたをさわってきたので、「わあ!」と思わず変な声が出た。
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