クールな御曹司と愛され政略結婚
「やっぱり真っ赤か、暗くて見えないけど」

「温度で確かめないでくれる?」

「お前、もうちょっと毅然としてろよ、だからからかわれるんだぜ」

「毅然て、ああいうのを言うわけ」



憎まれ口を叩きながらも、どんどん顔に血が上ってくる。



「海堂は、お前が欲しいってさ」



熱い頬を両手で挟んだまま、自分の目がゆっくり見開かれていくのを感じた。



「…先輩、本気なのかな」

「あれは本気だ」



灯の白いTシャツが宵闇に浮かぶ。

細身の黒いパンツの後ろから煙草を取り出すと、灯は少し冷たくなってきた風から片手で囲って守るようにして、火をつけた。



「灯は、なんて答えたの?」

「この前言ったろ、お前が行きたいなら止めないって、そのまま伝えたよ」



風が、ついでに身体の中まで吹き抜けていったような気がした。

灯の吐いた煙が、私のほうに運ばれてくる。

もっと浴びたいなんて思う私は終わっている。



「でも」



灯が煙草を指先に挟んで、足元に視線を落とした。



「俺は渡したくないって言った」



ねえ灯。

灯がそうやって、欲しい言葉をくれてしまうから、私は行き止まりにぶつかるの、わかる?

もうこれ以上望むものなんてないじゃない、って行き詰るの。


私は今、"これで十分"ていう箱の中にいるの。

その箱はもう満たされているから、欲を出して、それ以上のものに手を伸ばそうとしたら、今ある中身もこぼれ出てしまう。



「野々原さん、すみません」



その声にはっと我に返った。

クライアントの女性が、いつの間にか私たちのところに来ていた。

灯が、煙草を彼女に煙のかからないほうの手にさっと持ち替え、親切に微笑む。
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