クールな御曹司と愛され政略結婚
静まれ、静まれ、と自分に言い聞かせた。

気を抜くと、黒いどろどろが溢れて喉が詰まりそうになる。


灯だって、私とお姉ちゃんの間で板挟みになるはずじゃないの。

どうしてそこは問題にならないの。

悩むまでもなく、お姉ちゃんの味方をするってわかりきっているから?


灯の顔を見るのが怖い。

それでも気になって、こわごわ目を上げると、向こうも気がかりそうな表情でこちらを見ていた。

私の心情を斟酌しているというよりは、私たちがこのまま姉妹喧嘩でも始めるんじゃないかと案じているような。

灯が着ているのはシンプルな白いTシャツで、姉と色がかぶっていて、そんなつまらないことまでもが耐えがたい。



「唯をいじめるな、要子」

「ふふ」

「悪いくせだぜ」



灯が姉の身体を押しやるように、二の腕のあたりにごつんと握り拳をぶつけた。

姉は長い髪を揺らして笑う。



「かわいいんだもん」

「要子の"かわいい"はたちが悪い」

「好きな子は泣かせることにしてるんだ、私は」

「知ってるよ」



疎外感が我慢できるレベルを超えたので、グラスが空いたのをさいわい、私は席を立った。



「もう帰らないと。またね、お姉ちゃん」

「唯、ひとりじゃ危ない、俺も帰るよ」

「でも」



せっかく会えたんでしょ。

煙草を消して立ち上がった灯に、ついてきてほしいのはやまやまだけれど、そこまでさせるよりは私がもう少しここにいるべきなのかと迷う。

けれど灯はさして未練も見せず、黒のパンツの後ろから財布を取り出し、お札を数枚、灰皿の下に挟んだ。
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